早期発見・介入 一層の強化を
家庭への強制立ち入り調査など児童相談所の権限を強化した改正児童虐待防止法が施行されて1年たった。しかし、依然として通報や介入の遅れで幼い命が失われる事件が後を絶たず、虐待死は全国で年間約50件起きている。中国地方では広島市や福山市で多く、「いつ起きてもおかしくない状況」(広島県)にある。最悪のケースを防ぐため、早期発見・介入の取り組み強化が求められている。 厚生労働省の調べでは、身体的虐待やネグレクト(育児放棄)などが原因の子どもの死亡(心中を除く)は二〇〇六年に五十二件起き、前年比五人増の六十一人が亡くなった。年齢別では、〇―三歳の乳幼児が四十五人、73・8%を占めた。 中国地方では、一九九九―〇八年度までの十年間に少なくとも十九件二十二人が死亡。地域別では、広島市五件六人、福山市三件四人と両市が目立つ。このほか倉敷、大田市、島根県津和野町などでも起きている。 全国で悲惨な事例が相次ぐ児童虐待。広島県で虐待の相談・通告を受けたケースは〇八年度千三百七十八件と、前年度より二百二件減少した。 県児童虐待・DV対策室は「広島市を除いた市や町が一次的な相談に対応するように政策変更されたため、県に届く相談が減ったにすぎない」と説明。〇八年度に虐待死が起きなかったのは「たまたま」で、昨年秋の金融危機以降、経済困窮家庭が追いつめられるなど「危機的状況は変わっていない」と警鐘を鳴らす。 ▽24時間電話相談 こうした状況の中、改正児童虐待防止法施行から一年を迎えた四月、広島市児童相談所は二十四時間体制で虐待電話相談を始めた。虐待に限定すると同月は前年同月を九件上回る十三件の通告があった。磯辺省三所長は「二十四時間対応になったことを知ったので通告したという人も複数いた」と話す。 法整備など早期発見、介入に向けた環境づくりは徐々に進んでいる。だが、依然として現場で困るのは、たとえ子どもの体にあざを見つけても、親に「転んだ」などと否定されれば、介入に踏み切れないことだ。 そこで広島県は四月、約九百例の司法解剖を手がけてきた広島大大学院の長尾正崇教授(法医学)に、初めて「児童虐待対応嘱託医」を委嘱した。 西部こども家庭センターの横杉哲治所長は「虐待を否定する親がいたとき、長尾教授の診断結果が決め手になる」と狙いを話す。一例では、長尾教授は、親が「子どもが洗面器の熱湯に足を突っ込んでやけどした」と言い張っても、そのあとを見れば正座させられて湯をかけられていたことまで分かるという。 ▽全戸訪問を開始 こうした子どものSOSを早くつかむには、学校健診などの機会に子どもと接する歯科医の役割も大きい。広島市中区の山崎健次歯科医は「子どものむし歯は減る傾向にあるが、治療が放置されたケースにはネグレクトの芽が潜んでいることもある」と指摘する。 さらに学校現場では、親への強い対応も求められている。県内のある小学校長は子どもの体にあざを見つけた親を学校に呼び、警察への通報を辞さない覚悟で注意を促したという。校長はその後、異動になったが「メールでその学校に連絡すると、けがは見なくなったと聞いた。虐待には強い態度を見せることが手遅れになるのを防ぐ」と説く。 一方、乳幼児の場合は、親から虐待されると「密室」の中で逃げることも、逆らうこともできない。改正児童虐待防止法施行で、児相は裁判所の令状に基づいて錠を壊してでも家に立ち入ることが可能になったが、この一年、まだ強制立ち入りの例はないという。 そもそも虐待を減らすには、起こったケースに対応するだけでなく、起きる前にその芽を封じる「発生予防」対策が強く求められる。その取り組みの一環として、県内では〇七年度から始めた、四カ月までの子どもがいる家庭の全戸訪問が注目されている。 こうした取り組みにより、さまざまな要因を持つ「ハイリスク家庭」の早期把握が期待される。さらには、こうした家庭は地域社会からも孤立しがちであり、行政や教育現場に加え、地域がどうスクラムを組んでサポートするかも課題である。(串信考)
(2009.5.31)
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