潮の流れのはやい音戸の瀬戸は、いまつつじの花が満開です。この音戸の瀬戸に、白猫のタマがすんでいました。白猫のタマはすらりと背の高い、島一番のきれいな猫でした。島のおす猫たちは、タマと仲良しになろうと、毎日、だれかが魚のおくりものを持ってきましたから、
食べるのに困りませんでした。きょうも朝から、ふじ猫のユウタと黒猫のサブが生きのいいサヨリやイサキをもってきてくれました。
              タマは、サヨリを食べただけで、イサキは、渡し場のそばの石垣の中にこっそりかくしました。対岸の店屋にすんでいる赤猫のリョウに分けてやろうと思ったのです。
              赤猫のリョウは、ほかのおす猫のようにタマに愛想よくありません。わざわざ渡し船に乗って会いに行ってやるのに、タマをちらっと見ただけで、しらんふりでした。
              「フン、身のほど知らずなんだから」。
              タマも相手にしなかったのですが、最近は、このリョウのことが気になります。そこで、呼んできて、いっしょにイサキを食べようと思いました。
              タマは、日本一短い航路で有名な渡しの定期船に出航まぎわにひょいと飛び乗りました。
              「タマ、おまえまた、ただ乗りかよ」。
              船長の功さんにいやみをいわれても気にしません。ところが、このようすを、音戸大橋のらんかんに止まっていたカラスのクロと、対岸の山の清盛公銅像の黄金の扇に止まっていたトンビのピイが見ていました。
              白猫のタマが渡し船で岸を離れたのを見届けると、さあっと舞い降りてきました。カラスのクロの方が、一瞬はやく、タマがかくした石垣のえものにとびつきました。
              「そうはさせないぜ」。トンビのピイがあとから追いついて、クロがくわえたえものを、横取りしようとしました。取られまいとクロは、高く舞い上がります。
              「なんだ、なんだ」。
              音戸の瀬戸の山にいた、カラスやトンビがぞくぞくと集まってきました。
              瀬戸大橋の上は、カラスとトンビの大かっせんです。そんなこととはつゆ知らない白猫のタマは、赤猫のリョウを誘うと、向かい側に渡し船が出のをのんびりと待っていました。
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