満月が中天にのぼりました。月の光を受けて瀬戸の海はおだやかにきらめいています。今夜は海の春まつりです。ことしのおまつり係になったカレイのカンさんは、そろそろ準備にとりかかろうと、おまつりの会場になる鹿島の沖の小さな島の浜辺にやってきました。ここは、広島県の最南端にあたる無人島です。
「おやっ」。
カンさんはびっくりしました。だれもいないはずの島の浜辺でだれかがたきびをしているのです。会場のめじるしになる松の木の下です。釣りにきた人が大潮でうっかりしているうちに取り残されたのかもしれません。カンさんが困っていると、去年かかりになったイサキのイサさんがようすを見にやってきました。あと一時間もすると満潮になります。
さかなたちは、この大潮に乗って会場に集まってきます。ことしは、外洋を回遊しているマイルカたちが二百頭余り、ゲストにきてくれることになっていました。もうその辺りまできているはずです。でも人がいては、おまつりが始められません。
けれどもそのうち、たきびの人は、火を消すとリュックをまくらに眠ってしまいました。
「だいじょうぶですね、予定通りにいきましょう」。
カレイのカンさんは、ほっとしてイサキのイサさんにささやきました。やがて満潮の時刻になりました。夜光虫たちのファンファーレが鳴り響きました。
海上は、月の光と夜光虫の明かりで金の砂をまいたようです。カレイのカンさんの司会で、海の春まつりは始まりました。ことしのよびものは、テナガダコの立ち歩き競争と、マイルカのラインダンスです。マダコのくねくね踊りも人気があります。サヨリたちのチア体操なかなかでした。
月が西に傾き、潮が引き始めるとおまつりはおしまいになります。フィナーレは、マダイたちのマーチングでしめられました。空がしらみはじめたころ、さかなたちは、別を惜しんで海へ帰っていきました。そのころ、たきびの人を救うため、巡視艇がこの無人島に向かっていました。マイルカたちが巡視艇のカメラに収められたのは、この時だったのです。
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