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  春はうずしおに乗って
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             音戸の瀬戸の渡し船には、出航時間表はありません。対岸から対岸へ、さんばしに乗りたい人が現れたら、一人でも出航します。乗船時間は、わずか二分。船長の功さんは、一日何十回となく、渡し船のかもめ号で往復します。
              船賃の七十円は、音戸の側のさんばしではらいます。白猫のタマは、功船長がもどってきたので乗り込みました。
             「こんどは、ボーイフレンドもいっしょかよ」。
              功さんは、猫たちのただ乗りの行き来を大目に見ています。
              「なにごとじゃ?」。
              何十羽のカラスとトンビが上へ下へと入り乱れての大かっせんに最初に気がついたのは、船長の功さんでした。とうとう、さんばしの石垣の裏では、トンビのピイがかちどきの合図をあげました。
              「ピイヒョロロー」。
              いつのまにか、カラス軍団のすがたは消えていました。
              白猫のタマは胸騒ぎがしました。まだトンビがさわいでいる辺りは、さっき、えものをかくしてきたところだと気がつきました。
              「まさか」。
              タマは、船がさんばしに着くやいなや、石垣に走っていきました。シロのすがたをみて、トンビたちは退散し始めました。
              「やられたあ」。
              赤猫のリョウにあげようと思っていたイサキは、むざんに食い荒らされて、骨だけになっていました。
              「何てことなの」。
              せっかく来てくれたリョウに合わせる顔がありません。
              「トンビにさらわれてしまったの。ごめんね」。
              タマが申し訳なさそうな声で謝りました。
              「いいってことよ。おれもけさは満腹だから」。
              赤猫のリョウは、はじめてタマにやさしく語りかけました。
              「それより、うずしお見に行こうぜ」。
              リョウが、先頭に立って清盛塚の方にかけていきました。清盛塚の赤い物見台に二匹は並んですわりました。
              白い大きな定期船や、大型の砂利運搬船が通るたびに、大波が押し寄せてきます。
              「うわあ、すごーい」。
              タマがはしゃぐのを赤猫のリョウはおかしそうに見つめています。対岸の岬のはずれに立っている石の常夜灯も笑っています。春風にのって、潮が満ちてきました。
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