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  その3 ハガキ
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 暑い陽ざしの中を長く歩いていると、まず大脳がふにゃふにゃになる。大脳が指令を発するのだから、手も足もふにゃふにゃしてくる。
  よっこが、大脳の指令通りふにゃふにゃ歩きながら帰っていると、名もない石橋の上にへんなおじさんがいるのが見えた。そのおじさんも、なんとなくふにゃふにゃしていた。
  おじさんは、郵便屋さんらしく、制帽をかむって、赤い自転車のハンドルをもっていた。ところが、橋を渡るのか渡らないのか、ぐずぐずしているのだ。
  よっこは近づいていきながら、なるべく目を合わせないようにした。
  そのうち、赤い自転車が、おじさんの足もとにカシャーンと倒れた――というより、半分はおじさんが自分から倒したように、よっこの目にはうつった。
  「おじさん、どうかしたんですか?」
  よっこは、きいた。
  「ああ。なんとなくむしゃくしゃしてね……」
  おじさんは、よっこを見て、にがわらいをした。
  「小学生のあんたにゃわからんだろうが、今日が、わが人生最後の郵便配達でね。いつもは、バイクなんだけど、今日は、久しぶりに、なつかしい自転車に乗ってみようって気になって、納屋から引っぱりだしたんだ。でもさ……」
  「でも?」
  「ほら、あと二軒ってとこで前のタイヤ、あと一軒ってとこで後ろのタイヤ、そろってパンクしちまった。どうせこのボロ自転車、わしにそっくりで、もういらないんだから、川に蹴おとすのも、いっそさっぱりしていいか、と思ったのさ」
  見ると、たしかにタイヤが前も後ろも両方とも、ぺしゃんこにみじめにひしゃげている。
  「うーん。でも、おじさん、やっぱり、もったいないよ。それ、捨てるぐらいなら、あたしがもらったげるよ。川に捨てたら、川もメーワクだし……」
  よっこがおずおず申し出ると、おじさんは、「いいとも。あげるよ」と、かんたんにこたえ、「ところでさ、このハガキの宛名の太田よし子って人のおうち、どこかなあ。教えてくれるとありがたいんだけど……」と驚くべきことを口にした。
  「きぇーっ!? 太田よし子って、このアタシ。アタシですよ!」
 郵便屋さんは、あっけにとられたようによっこを見た。
 それは、なんと、あのはるちゃんが、よっこにあてたハガキなのだった。
  ハガキには、「わたしは、また転校して、もとの学校へもどります。前のように、またなかよくして下さいね」と書いてあった。
  よっこは「きゃっほー!!」と叫んで、一メートルもとびあがった。いや、それはむりか。三十四センチくらいかな?
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