その1 キャッチボール
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よっこは、放課後、学級日誌を届けにいったとき、権藤先生と大木先生が、ついたての向こうで話をしているのを聞いた。
「太田ねえ。太田は確かにいい子だけど、努力しないで結果だけ求める傾向があるわな……」
「そう、そう。そこが、はるちゃんとちがうとこ……」
先生たちは、二人を比較していたらしい。はるちゃんは、半年も前に転校しているのだ。
よっこは、ウーンとうなった。
日誌をついたての後ろに置き、ランドセルを背負うと、相撲場の横を通って県道に出た。
いつもならバスで帰る道を、よっこは、ゆっくり歩いた。
はるちゃんは、先生も言ってたとおり、宿題、予習、復習、掃除、何でも努力していた。よっことは大ちがいだった。
よっこがうつむきがちに歩いてゆくと、中村の斉藤店の手前の川をはさんで、白いものが行ったり来たりしている。
―あれ? 何だろう……。
焦点を合わせて見ると、それは野球のボールで、兄弟なのか、中学生と小学生が、キャッチボールをしているのだった。
お兄さんと思われる背の高い人は、素手で、左ききだった。半ズボンの男の子は、左手に茶色の大きなグローブをはめていて、それでボールを受けとめるときだけ、音がしている。
お兄さんは、ボールをピュッとまっすぐほうる。弟のほうは、グローブをさしだし、必死でそれをつかむ。投げ返すのも、山なりだ。兄さんがちゃんと受けとめてくれるからいいけれど、あやうく土手の下の石垣に当たりそうになることも、しばしばだった。
川は、青い空をうつし、ささやかな音をたてて流れていた。白いボールがその川面に白い線を引いて、右に行き、左に来、した。
よっこは、通り過ぎたあとも、立ち止まってしばらく見ていた。二人は、自分たちがよっこに見られていることに気がついているのかいないのか、あい変わらず、だまって、川をはさんで、キャッチボールをしていた。
それから、よっこがランドセルをかつぎ直し、二十メートルぐらい歩いてふり返ると、その兄弟も、ボールを投げるのをやめ、よっこのほうを見ていた。
「…………。」
よっこが手をふると、二人も手をふった。兄と弟と、日に焼けた顔に同じような形の白い歯を見せ、笑って手をふって返したのだ。
よっこは、なんとなくうれしくなって、歩くのにも元気が出てきた。
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