三 道子さんの場合
弟と留守番している時、もし別の世界への入り口を見つけたとしたら、あなたは、どうする?
階段下の押し入れは、天井が斜めの不思議な三角形。掃除機と、
ぞうきんバケツの奥には、古いおもちゃ箱が見える。底に車が付いた大きな木の箱だ。
(全部出したら、すてきな隠れ家になる。隆も私もせまい所にもぐりこむの大好き。箱の中から積み木を出して遊んでもいいな)
と、道子さんは思った。
一歳の隆と二人だけの留守番を頼まれた時、八歳の道子さんはうれしかった。丸一日、弟とお母さんごっこができる。
道子さんが作ったパンがゆを隆は喜んで食べてくれた。一緒にテレビを見たあとは、おとなしく昼寝もしてくれた。
それなのに、昼寝から起きたら、変身していた。おしめをかえている間にとび起きて、おしりふりふり逃げ出した。カーテンにとびついて、金具をこわしてしまった。「きっと遊びたいんだ」と思って、いろいろやってみた。でもボール転がしは道子さんのほうがくたびれ、電話遊びは言葉が通じない相手ではしょうがない。お絵かき、体操どれも、うまくいかなかった。
階段下の押し入れを見つけたのは「留守番はしんどいな」と感じ始めた時だった。
おもちゃ箱を出してしまうと押し入れの中は空っぽのはずだった。確かに空っぽだったが、箱のあった所に、道子さんがスッポリはまってしまうほど大きな穴がポカッと現れた。
その穴を見たとたん、隆が興奮してやたらしゃべり始めた。道子さんはあわてて弟を抱きしめた。さわやかな風が穴から吹き上がって来る。ほんわか谷川のにおいがする。同じ風に吹かれたことがある。夏、山小屋でとまった時の、あの夜風?
しゃべり続ける弟をしっかり抱いて、道子さんは穴をのぞきこんだ。穴は、深く、広く、暗かった。そして暗やみの中に無数の星が輝いていた。
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