一 ゆう子さんの場合
悲しい日。野に咲いている花が、もし、話しかけてくれたとしたら、あなたは、どうする?
今年の音楽会。二年一組はミュージカル『花と鳥』をすることになった。ゆう子さんの役は三幕目のタンポポ。
第一幕は春の空。小鳥たちが、歌いながら、舞台いっぱいとび回る。小鳥に混じって、タンポポの綿毛も舞い踊る。小鳥と綿毛は友達になり「いつまでも、一緒にいようね」と約束する。
第二幕は、夕方。鳥たちは巣に戻り、残された綿毛は、冷たい風に吹かれて暗い空をただよう。
第三幕は明け方の野原。舞台のまん中にしゃがんでいたタンポポ役のゆう子さんは、両手を動かしながら立ち上がり、指先までピンと伸ばして空を見上げる。合唱団が歌う。
「鳥さんの歌が、聞こえる。大空に遊ぶ姿が、見える。でも、もう一緒に踊れない。タンポポは、花だから、空を飛んだり、できないよ」
ゆう子さんはこの役が嫌い。両手を上げ、上を向いて立っているだけなんて、つまらない。
練習中。「タンポポは、足元がぐらぐらしてちゃあ駄目。地面にしっかり根を張ってないと花は咲けないぞ!」と先生にしかられた後、学校をとび出した。
歩いて行くと野原に出た。だれかが呼んでいる気がするが、人はいない。ひざしの中、タンポポが重なるように咲いていた。
黄色い花が一斉にこちらを向いて、泡が弾けるような声で歌い始めた。
「花は生まれた場所を動けない。ゆう子さんは舞台の上で動けない。私たちは似た者どうし。お友達。内緒話はあのねのね。
花はいつまでも花ではない。綿毛になって空に舞い。実になり種になって、鳥や人に運ばれる。そんな日もある。今は花。
舞台のタンポポゆう子さん、あなたはひとりぼっちじゃない。野原の私たちといつも一緒。まっすぐ立って、大空を見上げ、咲いていましょう。力の限り」
|