第二話 ミミズ
国語の時間、よっこがうつらうつら舟をこぎかけていると、とつぜん大木先生が、
「太田さん、ヒロシくんのお母さんは、このとき、なぜ泣きだしたと思いますか?」
と、質問してきた。
「はい、悲しかったからです」
なんだ、かんたんだと思って答えると、みんながざわついた。大木先生は、困った顔をして、「泣いてるから悲しいって単純に考えてはいけません。もっと想像力をはたらかさなければ」
と、たしなめた。
答えは、「うれしいから」なのだった。
「先生、想像力ってなに?」
よっこは、たずねた。「そうねえ、対象になりきること。対象ってわからないかな。相手よ。人なら人、チョウならチョウ、イヌならイヌになりきるのよ……」
なるほど。なるほど。
授業が終わって、よっこがはるちゃんと、いつものように、ほとんどぐだーっとなって帰ってくると、篠崎養鶏所の空き地で男の子らが、言いあいをしていた。トタン囲いにかくれて見ていると、六年生のノブヤくんが、半ズボンの前からおちんちんを引き出し、下の地べたにいるミミズに、おしっこをかけようとしている。
「よしなよ。ノブヤくん」
「バチがあたるよ。ちんちんがはれても知らないよ」
まわりの下級生たちは、ノブヤくんをいさめていたのだ。
よっこも、ミミズにおしっこをかけるとちんちんの先がはれるという話は聞いたことがある。その実際のようすをぜひ一度見てみたいとは思ったが、「シャーッ」とおしっこを飛ばす音を聞いたとたん、急にミミズ本人の気持ちになった。
男の子たちが去ったあと、かけよってみると、かなり大きなミミズが、うす黄色いおしっこのあわの中で、苦しそうに左右にからだをふっていた。
よっこは、はるちゃんが止めるのも聞かず、そのミミズを右手でつまんで、川まで運び、水の中に放してやった。
「よっちゃん。ミミズを助けたつもりかもしんないけど、川に放したら、魚のエサになっちゃうのよ。想像力、ないのねえ」
はるちゃんが最後にそう言ったので、よっこは、うーんとうなってしまった。
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