(三)おさんぎつね 上
 
  
 知らない道で迷うのは、よくあること。
  だけど、知っているつもりの道で迷うほど、こわいものはない。
  夏休み、男の子はこの町へひっこしてきたばかりだった。
  だから、この町に、同級生の友だちはまだいなかった。
  それで、ひまつぶしもかねて、毎日のように、自転車で町の中を走っていた。
  
  夏休みのあいだじゅう、そうしていたから、町のようすや道すじはだいたい頭に入っていた。
  それに男の子は、今までにいちども迷子になんてなったことはなかったので、自分は方向おんちではないという自信があった。
  夏休みも終わりに近づいたある日のこと、男の子は、きょうもひとりで自転車に乗ってうろうろしていた。
  細い路地の多い町だったけれど、男の子は、どこを曲がったら、どこへ出るのか、ちゃんとわかっていた。
  くねくね曲がったあげくに思った通りの場所に出ると、ちょっとうれしかった。
  昼間でもあまりひとけのない路地をいくつか曲がると、とても古そうな家があった。
  こぢんまりとした家には広すぎるような庭に、夏草がしげっていた。
  家や庭に人の気配はなかった。
  空家かな、と男の子は思った。
  夏休みのあいだ、もう何度も、この前を自転車で通っている。
  そこを通りすぎて、町の中心にある大通りに出た。
  暑いさなかの時間のせいか、ここもあまり人通りはなく、車もほとんど走っていない。
  「んっ?」
  男の子は、自転車を止めた。
  どこからか、泣き声がきこえてくる。
  男の子はあたりを見回した。
  泣き声は、道ばたに植えてある街路樹のかげのあたりから、きこえてきていた。
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