(二)えんこう
 
  
 川のほとりで、出会ったことがある人はいるかな。
  とてつもなくサルににていて、人の言葉をしゃべるふしぎないきものに。
 
 
 
 ある日の夕ぐれ、女の子が橋をわたっていた。
  女の子は、遊びすぎておそくなってしまったので、急いで家へ帰ろうとしていた。
  あたりは暗くなりかけていた。
  女の子はあわてていたから、足もとをよく見ていなかった。
 「あっ」
  女の子は声をあげて前へつんのめった。
  なにかをふんづけてしまったらしい。
  ぐにゃりとしたかんしょくが、足の下からつたわってきた。
  茶色っぽい、やわらかいものがうずくまっている。
  うずくまっているものが動いたので、女の子は、
 「きゃっ」
  とさけんだ。
  それはサルににていた。
 「いたいじゃないですか」
  サルがしゃべるわけはないので、これはサルではないと、女の子は思った。
 「ご、ごめんなさい。そんなところにうずくまっているから」
 「待っていたんです。だれかが通るのを」
  サルににた、そのいきものは、女の子の手をとって、にっと笑った。
 「そんなに急ぐことはないじゃないですか。いっしょにあそびませんか」
  女の子はこわくなったので、その手を思いっきりふりほどいて、
一気に橋をかけぬけた。
  しばらく走ってふりかえると、そのいきものは、もう橋の上にいなかった。
  川を見ると、上流に向かってゆっくりと泳いでいく黒いかげがぼんやりと見えた。
  女の子が「えんこう」という、川のほとりに出る妖怪のはなしをきいたのは、それからずっとあとのことだった。
 (南区猿猴橋町あたりの妖怪)
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