(一)バタバタ
 
  
 夜ふけ、こんな音をきいたことがあるかな。
  バタバタ
  バタバタ
  バタバタ
  
  どこかを工事している音?
  近所にそんな場所はないはずだよ。
  だれかがふとんをたたく音?
  こんな夜中に、思いきりふとんをたたく人がいるなんて考えられない。
  楽器をかなでる音?
  あんなおかしな楽器の音は、多分だれもきいたことがないと思うよ。
  風の音?
  あれだけの音がするほど、ものすごい風がふくのなら、木や花もゆさゆさとゆれそうだけど、そんな気配はないんだ。
  なにかをしきりにあおいでいるような音にもきこえるし、どこか
をけんめいにたたいているような音にもきこえる。
  それはふしぎな音で、きいたものの心を、しっかりとらえてしま
う。
  きこえる時間は、夜十時をすぎて、よく朝の夜明け前までくらい。
  なんだろうと、まどから顔を出して通りをながめてみても、なに
もないし、だれもいない。
  よくよくきいていると、音のする方角がわかってくる。
  音は、東の方角からきこえて、だんだん大きくなり、家の前を通りすぎて、やがて、西の方角へ去って行く。
  だれも音の正体を見たものはいない。
  ほら、テレビを消して、話し声を小さくして、耳をすませてごらん。
  できれば、灯りも消して。
  妖怪たちは暗やみがとても好きだから。
  バタバタ
  バタバタ
  バタバタ
  しーしずかに。
  しずかに。
  今夜あたり、きこえてくるかもしれないよ。
 (中区大手町あたりの妖怪)
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