(3)ケムムの見た夢
落ち葉の下で退屈していたケムムは首をあげてあたりをみまわし
ました。その時、ケムムのからだが急に浮き上がりました。林の中を歩いてきた女の子にケムムは拾い上げられたのです。赤いてぶく
ろをした女の子は、栗の皮のようなケムムを拾って首をかしげました。
「おとうさーん、これなあに」
林の中で冬の生きものの観察をしていた、近くの昆虫館につとめ
ているおとうさんは、女の子がさしだしたものを見てにこにこしま
した。
「いいもの見つけたね。蝶の幼虫だよ」
おとうさんは女の子からケムムを受け取ると、そっと落ち葉のく
ぼみにもどしてくれました。
「何の蝶なの?」
「それは夏までのお楽しみさ」
ケムムはそれから数か月のあいだ、落ち葉の下でじっとしていま
した。うつらうつらしていると、どこからかおかあさんの声が聞こえてくるようです。ケムムは寒い冬のあいだじゅう、おかあさんに
抱かれて眠っている夢をみていました。
フキノトウが芽をだし、春一番の風が吹きました。
「おーい、ケムム、起きてるかあ」
ひさしぶりの兄さんの声で、ケムムは目が覚めました。
「暖かくなったからさ、そろそろのぼろうよ」
春のひざしが林いっぱいにふりそそいでいます。
「ああ、おなかすいたなあ」
ケムムは兄さんのうしろについてエノキの幹をのぼっていきまし
た。五か月ものあいだ、飲まず食わずで、寒さに耐えてきたので、
からだはへとへとです。何日もかかって、ようやく木の中ほどにたどりつきました。
それから二、三日すると、エノキのやわらかい新芽が出てきまし
た。ケムムは夢中でごちそうになりました。ほんとにおいしい葉は
っぱです。茶色だったからだも、やがてもとの美しいひすい色にも
どりました。
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