2000.4.18
かつての自分を問い直す
ごみ箱の周囲にティッシュが落ちている。トイレットペーパーが使い切ったままだ。食器が流しに置きっ放しになっている。
注意すると、息子が「親ならそれぐらいしてくれてもいいじゃないか」と言い返した。おとなげないと思いつつ、ついきつくしかってしまった。それは、かつて私が妻に投げつけた言葉と同じだったからだ。
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イラスト・丸岡 輝之 | |
独身時代は、自炊だった。冬の冷たい米研ぎや、面倒な食事の準備、たまった洗濯…。結婚でこうした家事から解放され、その代わりに夫の役割としての仕事に打ち込むつもりだった。
家事、育児は、妻がするもの。だから私の傍らで、妻がコックリコックリしながらほ乳瓶を含ませていても「代わろうか」と声は掛けなかった。二人の子をふろに入れるのを手伝って、との頼みにも「母親なら一人でして当然じゃないか」と口走ってしまった。
その一方で、休日出勤など仕事にさらに没頭した。「おれもこんなに頑張っているんだ」とのパフォーマンスだったかもしれない。仕事に打ち込むほど、妻が泣き顔になっていき、不条理と疲れを感じた。
「私は、家政婦だったのね」と妻は去っていったが、「人は、生まれる時も死ぬ時も一人」と強がりで自分をごまかした。
父子家庭になってからは、すぐに横になりたいほど疲れていても、だれも買い物や食事の用意をしてくれない。子どもを寝かせた後、洗濯をし、保育園のシューズ袋を縫う。やっと寝床に入ったら、交互に「オシッコ」と起こされ、トイレまでついていく。おねしょの時は布団を替え、ふろで体を洗い。夢うつつで新聞配達のバイクの音を聞きながら「朝食は何にしようか」…。
こんな生活を続けていたころ、いつものように夕食の手順を考えながら帰宅すると、小五の長男が米を研ぎ、ごはんを炊いてくれていた。心からありがたいと感謝した。
このころから結婚や家族の意味を考え直せるようになった。結婚したって、生きるための仕事や家事は自分でするのが基本だったのだと。夫婦のどちらかできる方が、できる時に家事を担当すればいいのだと。
自分がやるはずのものが思いがけずもやってあれば、素直に感謝できる。決して上からねぎらう「ごくろうさん」ではなく、感謝の気持ちで「ありがとう」と。それを息子が教えてくれた。
(一人親家庭サポーター=広島市)