中国新聞

 天野 和昭   
 

2001.1.16

 30. 舌を信じろ



 腐っとる? 食べて判断を

 買い置きの豚肉でソテーを作ろうとしていた時、長男が「その肉腐っとるんじゃろう」と嫌そうな顔をした。

 消費期限が近いためにスーパーで半額で買ったのだが、冷蔵庫の中で期限が過ぎてしまっていた。消費期限に神経質な長男は、それを見逃さない。

イラスト・丸岡 輝之

 「何が腐っとるもんか」「色が変わっとるじゃないか」「あのなあ『戦艦ポチョムキン』という映画の中で、ウジがわいた肉を出された兵士たちが…」「何回も聞いた。ウジがわく前までは肉を食べられたということじゃろ」

 例えにしては極端で乱暴かもしれない。でも口に入れて自分の感覚で確かめないうちに、食品が腐っていると決め付けることは改めさせたい。

 人間は、おいしい物を食べるためにではなく、危険から身を守るために味覚が発達したのではないだろうか。だから、食べ物の味がどう変わったら食べられなくなるのか、味覚をトレーニングする必要があるはずだ。

 季節や置かれた環境によって、食べ物の変化は異なる。記載された数字を目で見るだけでは食中毒を予防できないことを知ってほしいと思う。

 かつて「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」と言うキャッチコピーがあった。たくましさとは、自分で自分が信じられるほどに感覚を鍛えた結果をいうのだろう。それは自らの野性や生命力を信じることでもある。

 正月の四日、冷蔵庫に残っていた年越しそばを食べた。同じ残り物だが消費期限内のえび天を載せて。長男が「このえび天は、味がおかしい」と一口食べて言う。実は私も、油が酸化しているのには気付いてはいた。でも「消費期限は来てないじゃないか」ととぼけた。

 「いや、おかしい」と言い張る長男。「うん、確かにそうだ。やっぱり消費期限だけでは信用できないだろ。そうやって自分の感覚を磨くんだぞ」と話した。

 次の日、「このケーキに入っとるイチゴは腐ってない?」と長男。正月に作ったケーキの残りである。私は、ため息をつきながらいつもの返事を繰り返した。「自分で少し食べてみろ。味がおかしかったらやめとけ」

一人親家庭サポーター=広島市)

 
  

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