中国新聞

 天野 和昭   
 

2000.2.8

 3. 徹夜の弁当



 笑顔と涙のこだわり重

 長男が学童保育に行っていたころは、弁当が必要だった。「冷凍食品ばかりじゃおいしくない」と言われたのに奮起して、早起きをして支度をしたものだ。玉ネギを刻み、ひき肉でハンバーグや肉ダンゴを作ったり、筋をていねいに切った肉でトンカツを揚げたりした。

 小さいころ「きょうのおかずはなんだろう」とわくわくしながらふたを開けたことを思い出す。だから作っている途中を子どもに見られるのは嫌だった。ましておかずを少し多めに作って朝食のおかずに回すなど、罪悪感さえ抱いてしまう。「わあ」という歓声や「なあんだ」のため息があってこそ弁当だと思う。

イラスト・丸岡 輝之

 中学校は給食があって助かっていたが、朝になって急に「きょうは弁当が要る」と言い出したことがある。

 冷蔵庫を開けると、鶏の足が一本。それを焼いて入れただけの弁当を作った。チャプリンが、ランチボックスからサンドイッチとセロリ一本丸ごと出した映画の場面をイメージしながら。

 ところが長男は、帰るなり「恥ずかしかった」と怒っている。もっとも友達からは「いいなあ」と言われたというのだが…。男の美学がいまひとつ伝わらなかったようで、少々残念だった。

 弁当の「華」は運動会である。周囲の人に「やっぱり、男親じゃあね」と思われるのが嫌で、毎年できる限りのレパートリーのおかずを重箱に詰めた。

 長女が六年の昨年は、小学校最後の運動会だった。冷凍食品やできあいの物は使わないと決め、料理の鉄人よろしく、前日は一睡もせず台所に立った。

 一の重にはエビのゴマまぶし揚げ、飾り切りのカマボコ、鶏のつくね煮、あまから二種類の出し巻き卵、松かさイカの煮物。

 二の重には、ウインナーとウズラの卵、アスパラを楊枝(ようじ)に刺したのを真ん中に置き、周囲をしょうゆ漬け卵のスコッチエッグと果物で囲んだ。三の重には娘の好きなタコ、カニカマ、納豆の手巻きずし。

 初めて来てくれた祖父母や近所の人に囲まれた長女は、今まで見たこともないぐらい輝いた顔で、ゆっくりと味わってくれていた。昔は靴箱の陰で弁当を広げ、終わるとそそくさと散っていったことが思い返され、涙がにじんだ。

一人親家庭サポーター=広島市)

 
  

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