中国新聞

 天野 和昭   
 

2000.1.18

 2. 炊き忘れたご飯



 店に走り「温かさ」知る

 食事には休業日がない。しかも父子家庭になったその日から、待ったなしである。ただ私は学生時代に自炊をしていたという自信もあったし、ラーメンやレトルト食品には頼りたくなかった。できる限り手づくりにこだわったつもりだ。

イラスト・丸岡 輝之

 定番は野菜いためやハンバーグ、ギョーザ、とんかつなど。でもいつしか酒のさかな系に偏ったようだ。二歳九カ月から私の食事で育った長女(小学校六年)の好物はイカの塩辛、からしメンタイ、たこキムチ…。

 もっとも、いつも手づくりというのは無理。子どもが小さいころは夜九時には寝かしつけたかったので、食事の支度にそう時間はかけられず、仕事が遅い時は、外食に頼るしかなかった。お好み焼きや弁当の店、ハンバーガーショップがなかったら、私の父子家庭生活は成立しなかったろう。

 笑い話だけれど、スーパーの閉店間際の半額セールで買ったすしパックを「わあ、おすしだ」と子どもが大喜びしたので、続けて同じものを買って帰ったことがある。さすがに三日目には「下手でもいいから、お父さんのご飯がいい」と長男に言われてしまった。

 現在は、気持ちや時間のゆとりができ、子どもも手伝ってくれる。いりこや昆布でだしを取った煮物などまともなおかずができるようになったし、市販の惣菜(そうざい)でも、揚げ物なら再び揚げ直し、サラダなら野菜を追加するなど工夫しているけれど…。

 忘れがたい出来事がある。

 子どもがまだ保育園のころ、ご飯を小さな容器に詰めて持たせなければならなかった。ところが夜、絵本を読んでやっているうちにそのまま寝込んでしまい、よく炊飯器をセットし忘れるのである。朝になって慌てて白飯一人前を弁当屋さんに買いに走る。

 その日も、ご飯を炊き忘れた上に寝坊をし、子どもを車に乗せて店に駆け込んだ。「え、きょうは子ども連れ?」と年配の女性。「保育園に持って行かせるのに」「じゃあ、たくさんは要らんでしょ」。小さな容器を見せると「貸しんさい。詰めたげる」。

 温かいご飯を受け取って値段を問うと「ええよ。少しじゃけ」。事情も聞かず手を差しのべられたことの驚きとうれしさ。もらったのはご飯ではなく、気持ちだった。父子家庭になって初めて身にしみた他人の温かさである。

一人親家庭サポーター=広島市)

 
  

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