中国新聞

 天野 和昭   
 

2000.10.3

 19. コートの思い出



 保育園で娘を迎えた日

 十月。子どもたちの学校の基準服も衣替えだ。衣装ケースや整理ダンスの入れ替え作業は、今は各自にさせているが、保育園や小学校時代は私の役目だった。

 結構楽しかったと思う。園や学校がくれる「成長の記録」を見るまでもなく、子どもたちの成長を実感できる瞬間だからだ。

 「このズボンは、もう小さくなったな。去年の冬は一番のお気に入りだったのに」「このセーター、一三〇センチだからもう着られないな。捨てるにはもったいないなあ」「次の日曜日には、下着類を買って置かなくては」などと考える。慌ただしい毎日の中で「よくここまで育てたよ」と達成感や幸せを味わえる数少ない時間なのだ。

イラスト・丸岡 輝之

 今も手元にある一枚のハーフコートには、思い出が深い。

 ショートカットの娘には、長男のお下がりをよく着せていた。でも年長になると、やはり女の子らしい服がほしくなる。そんな娘に初めて買った服だ。

 赤、青、黄色などが小さな三角や四角に配色され、黒い線で仕切られている。ちょっと派手で、インカの幾何学模様にも見える。ダッフルコートのように、ループひもに木の留め棒。小柄だった娘の小学校三年生ごろまでの愛用品だった。

 思い出は、最初に買った服というだけではない。

 保育園の迎えの遅い私。到着したらすぐに帰れるようにと、娘は部屋の中でコートを着込んで待っていてくれた。「お父さーん」と手を広げて飛びついてこられた時はいつも、コートの上から「済まないな」と心で謝っていた。

 雪の日の思い出もある。車が使えず、三十分歩いての登園。長靴は滑るからと、ワラを探して長靴に巻いてやった。

 「車のチェーンみたいで滑らんだろう」「ほんま。じゃが歩くと底のほうがちょっと痛い」「保育園に着いたら先生にほどいてもらいんさい」

 話しながら手をひいて歩いた雪道。娘が襟を立てて着ていたのも、このコートである。

 その日の夕方のことだ。迎えに行くと、まだワラが巻いてある。

 「どうして先生に取ってもらわんかったん。遊ぶのに痛かったろうに」

 「雪合戦するのに滑らんけえよかったし、お父さんがせっかくつけてくれたけえ」

 思わず言葉に詰まってしまった。

 娘に子どもができた時、コートを出していろんなことを話してやりたい。

一人親家庭サポーター=広島市)

 
  

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