父(とう)さんはへやから出(で)ていったが、
「だれもいないぞー」
声(こえ)が聞(き)こえた。
三人(さんにん)はいそいで立(た)ちあがって、物置(ものおき)に走(はし)った。さっきまでおじいさんがすわっていたところには、なにもない。
「きっと、にげたんだ」
父さんが、ほっとしたような声をだした。
「貧乏神(びんぼうがみ)なんかじゃなかったんだ。どろぼうだよ。どろぼうがかくれていて、見(み)つかったのでにげだしたのさ」
「でも、だれも来(こ)なかったよ。それにあの人(ひと)、ぼくたちのこと、よく知(し)っていた」
勇太(ゆうた)が口(くち)をとがらせると、
「わたし、出(で)かけるときに、ちゃんとかぎをかけたんだけど。げんかんにも、うら口にも」
母(かあ)さんは首(くび)をかしげた。
「おなか、すいた」
ゆかりだ。ゆかりが母さんの手(て)を引(ひ)っぱってからだをゆらしている。
「あらら、もうこんな時間(じかん)」
母さんはうで時計(どけい)に目(め)をやって、
「とにかく昼(ひる)ごはんを食(た)べましょう」
と、台所(だいどころ)まで行っておせち料理(りょうり)の重箱(じゅうばこ)を運(はこ)びはじめた。
勇太は小皿(こざら)を、ゆかりはおはしを運ぶようにと言(い)いつけられた。
父さんは紙(かみ)パックの日本酒(にほんしゅ)をとっくりにうつしかえて、電子(でんし)レンジに入(い)れている。
みんなでこたつのテーブルの上(うえ)にごちそうをならべて、昼ごはんになった。
「正月(しょうがつ)そうそう、おかしなことがおきる」
ゴマメをかみかみ、これは父さん。
「初(はつ)もうでで、家族(かぞく)の安全(あんぜん)とお金(かね)がもうかるようにって、ねがったばかりなのにね」
黒豆(くろまめ)を小皿(こざら)にとりながら、これは母さん。
「さっきの貧乏神、どこに消(き)えたんだろう」
勇太も、たまごやきを食べてから言うと、
「だから、貧乏神じゃなかったんだってば」
父さんがさかずきをかた手(て)に答(こた)えた。
そのとき、ゆかりが歌(うた)うような声をだした。
「ビンボー神さーん」
その声がおかしくて、勇太もわらいながらふしをつけて言ってみた。
「ビンボー神さーん、出ておいでー」
「ふぉーい」と、どこかで返事(へんじ)がした。