五 わたしの場合
「六十年したら、わたしはどんなになっている?」と、考えたことある? 孫もいるかもしれない。そんなとき突然子どもに戻ったとしたら、あなたはどうする?
♥ ♥ ♥
わたしは今年、六十六歳。孫のとも子は六歳。わたしたちは、親友。
とも子が帰って来たとき、わたしは、全身がうつる鏡の前に立って服を選んでいた。
六十年前、幼稚園で同じ組だった人たちと、今夜会うことになっている。好きだったよし君や素敵なかおり先生に会える。最高のおしゃれをしなくては!
最初は、むらさき色の服を着て行くつもりだった。だけど、それを着て鏡の前に立つと、ちぐはぐな感じだ。先週買ったときにはよく似合っていたのに。紺色の服、緑の服と着てみたがだめ。十年前大好きだった、黒地に金色のバラの花が浮いている服なら大丈夫と試したが、やっぱり似合わない。何かおかしい。
そのとき、とも子が言った。
「髪の毛、染めたんだね?」
「染めたり、しとらん、よ」
驚いた。鏡の中のわたしの髪は黒い。形も違う。前はまゆ毛の上、横は耳の下で切りそろえてある。
「これって、なに?」
もっとしっかりながめたら、顔も首もいつもと違う。目も口もカチっとして、しわがない。背中はピシと伸びてるし、手足はつるつるのピンク色。
「おばあちゃん、かわいい」
とも子が立ちあがって、そばにやって来た。鏡に並んだ二人の背たけはまったく同じ。
六十年前の姿に戻ってしまったの? それはすてき。でも、今夜着て行く服がない。
「とも子の空色のワンピース、貸してあげる。似合うよ」
白い帽子と靴下、紺色の靴とポシェットも貸してもらった。
電車の中で、半ズボンをはいた昔のままのよし君に会った。若いかおり先生にも。
今夜、Hホテルのロビーには半ズボンやミニスカートの子どもの姿が目立つだろう。まるで卒園式の後の謝恩会のように。
=おわり
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