(五)おさんぎつね 下
「おかしいなあ」
「どうしたの」
「迷うはずはないんだけどな」
女の子がまた「うふふ」と笑った。
「あなたの知らない道があるのよ」
男の子は、なんだか少しはらがたってきた。
「さんざんこのあたりを自転車で走ったんだぞ。そんなことあるもんか」
そうは言ってみたものの、男の子はさっきから、何度も同じ場所をぐるぐるまわっているような気がしてならなかった。
「きみの家だろ。どう行けばいいのか、ちゃんと言ってよ」
男の子が自転車を止めてふりむくと、後ろにすわっているはずの女の子が、いない。
「えっ」
男の子はおどろいて、しばらく動けなくなった。
よくよくあたりを見回すと、いつのまにか、あの古い家の前にきていた。
夏草のしげみの中から、声がした。
「ごめんなさい。あなたがあんまり気持ちよさそうに自転車に乗ってたから、わたしも乗ってみたくなったの」
しげみのおくで、金色に光るものが、ふさふさとゆれた。
「きつね……」
男の子は前に動物園で、きつねを見たことがあった。
それはきつねのしっぽにそっくりだった。
「またどこかで会いましょ」
風がふいて、夏草がさわさわとなびいた。
もうそこに金色のしっぽはなかった。
二学期が始まり、男の子は転校した学校で、もしかして、と女の子のすがたをさがした。
でも、女の子はいなかった。
男の子は、あの古い家の前を通るたび、草のかげにゆれていた金色のしっぽを思いだす。
あれから女の子には会っていない。
(中区江波あたりの妖怪)
=おわり。
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