(5)飛び立てケムム
 
  
 ケムムがさなぎになってから四週間ほどたった夏の朝でした。さなぎの中で蝶のからだに変身したケムムは、きょうが大空に飛び立つ日だと直感しました。
  梅雨明けの朝日を受けて、さなぎは頭から裂けはじめました。
 
 
 
「ひさしぶりだなあ」
  ケムムは、太陽をあびてずんずんとさなぎの衣をぬいでいきました。風も心地よくそよいでいます。長い触角、大きな目、りっぱな
四本のあし、縮んでいた羽もしだいにのびていきます。こい青むらさき色に黄色と白のはん点があざやかです。羽の裏はうす黄色です。ケムムが飛び立とうとした時でした。
 「あっ、きれい。さなぎからかえったばかりよ」
  冬に、赤いてぶくろをして、ケムムを拾い上げてくれた女の子が、またおとうさんとエノキ林にやってきました。
 「オオムラサキの羽化だよ。感激だなあ」
 「あら、オオムラサキって、あしが四本しかないんだ」
  女の子は大発見したようにさけびました。
 「そうさ。アゲハやモンシロチョウとちがって、オオムラサキは前足が退化しちゃったのさ」
  その時、いい風がケムムのからだを包みました。ケムムはふわりと舞いあがりました。
 「わーい、飛べた、飛べた」
  ケムムは大空に向かいました。蝶になれなかった兄さんを思い出しながら。
  女の子とおとうさんが拍手で見送っています。
  ケムムは飛びながら、だれかに会いたくてたまらなくなりまし
た。おかあさん? ではありません。およめさんにあいたくなった
のです。
  ケムムはまたエノキ林にもどってきました。
 「あさごはんをすませたら、ゆっくり探しにいこう」
  ケムムは、樹液がたっぷりあふれているクヌギの木をめざして舞い降りていきました。
 (おわり)
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