(1)こんにちはケムム
 
  
 梅雨が明けた夏の朝でした。蝶のオオムラサキのケムムは、大空に向かって飛び立ちました。こい青むらさき色の羽に黄色と白のは
ん点があざやかです。オオムラサキっていう蝶を知っていますか?
  日本の国蝶で、広島県の県蝶でもある美しい蝶々です。
 
 
 ちょうど一年前、ケムムは森林公園のエノキ林のエノキの葉の上で生まれました。鉛筆のしんの先っぽほどの小さな青虫でした。
  ケムムは辺りを見回しました。いま出てきたばかりの卵のまわり
にケムムに似た青虫がごちゃごちゃとうごめいています。ケムム
は、こげ茶の頭をふりふり、うぶ毛をふるわせて近づいていきまし
た。おなかがすいたのでケムムは卵のからを少しかじってみまし
た。なつかしい味がします。
 「そんなもの食べてないで、こっちへおいでよ」
  その時、上の葉っぱから声がしました。見上げるとケムムより少し大きい青虫でした。
 「おまえの兄貴さ。ほら、この葉っぱ、おいしいよ」
  葉っぱの裏側をのぞくと、兄弟たちがさかんに葉っぱをたべてい
ます。百匹ぐらいいます。
 「みんな兄弟だよ」
  兄さんと並んでケムムも葉っぱをかじってみました。しゃっきり
した葉っぱのなんとおいしいこと。
 「おいしいね」
  ケムムは夢中で食べ始めました。
 「おい、あぶないぞ」
  兄さんが叫んだときです。大きなカマキリがぬっと現れてケムム
の葉っぱに鎌をふりおろしました。あっというまにケムムは吹き飛ばされてしまいました。
 「だいじょうぶかあ」
  エノキの幹にしがみついていると上から兄さんの声がしました。
ケムムはけんめいに上へのぼっていきました。
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