退院後まで一貫ケア 不安を解消 虐待も防ぐ
妊娠七カ月に入ったばかりのとき、突然破水が起きた。救急車で運ばれ、県立広島病院(広島市南区)で長女(1)を産んだ。二〇〇六年四月、六〇二グラムの超低出生体重児だった。
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小さな命を守る保育器が並ぶ県立広島病院のNICU。看護師たちは母親のサポートに力を入れる |
母親になった安佐北区の女性(35)は、新生児集中治療室(NICU)の保育器で、体中にチューブをつなげられた長女と対面した。今にも消え入りそうな命。流産を四回経験しただけに、希望はなかなか持てなかった。ガラス越しに、「チューブを外した方が楽かもしれない」という思いがよぎったこともあった。
前向きになれたのは、受け持ちになった看護師(31)の存在が大きかった。「誰が悪いわけでもない。ただ早く生まれてきただけ。せっかくある命を、一緒に育てていきましょう」。切々とした言葉に何度救われたことか。
出産体験は、その後の育児に深い影響を及ぼすといわれる。低出生体重児の場合、どうしても母子が離れ離れになる期間が長くなりがちで、愛着をはぐくんでいくのが難しいとされる。だからこそ、母子の距離を縮め、きずなを築くための支援が不可欠だ。
その役割を担うのが、受け持ち看護師だ。入院時から退院後まで、一人の看護師が一貫してケアに当たるしくみを、県立広島病院のNICUは〇三年に導入した。育児困難や乳幼児虐待の予防にもつながるようだ。
かつて、同病院で、こんなことがあった。NICUで生まれた低出生体重児。退院から四カ月後の外来で、赤ちゃんのわきやあごに赤いあざを見つけた。「どうしてもミルクを飲まない」と、母親が赤ちゃんの口をこじ開けるときに、力を入れすぎていたようだった。夫との関係もうまくいかず、「つらくてたまらない」と漏らしたという。
今、安佐北区の女性は「体のこと、精神面のこと、家族のこと、何でも聞いてもらった。不満はない」という。受け持ち看護師と不安や悩みをやりとりした交換ノートは、退院までの五カ月間で三冊にもなった。
「大きく産んでやれなかったことがつらく、落ち込んでいます。髪がたくさん抜け、胃が悪いです」。生後四カ月目、母親は交換ノートに心のうちをつづった。わが子の未熟児網膜症を心配し、不安で胸が押しつぶされそうだった。
看護師は、こう言葉を返した。「赤ちゃんは、お父さんとお母さんを選んで、ここにいるんだと思います。つらいことは何でも言ってください」
「受け持ち」の関係は今も続いている。感染症予防のため、長女は外出禁止。相談はもっぱら電話になる。「夜泣きがどうしても止まらない」「入浴後に突然、湿疹(しっしん)が出た」。事情を知ってもらっているからこそ、電話でも安心できる。思いを素直にぶつけられる相談先を持つ、この女性は、虐待とは無縁でいる。
ケア会議やかかりつけ医紹介 退院前から対策必要
専門家アドバイス
県立広島病院新生児科の福原里恵医師は「退院前から、頼れる道筋をつくっておくことが大事」と指摘する。同病院のNICUでは退院が決まると、家族を囲んでケア会議を開くことにしている。主治医や看護師のほか、地域の保健師も加わってもらう。自宅での育児が始まると、保健師は心強い存在になる。面識があれば、なおさらだ。地元のかかりつけ医を紹介する仕組みもある。
出産後の母親が孤独になりがちなのは、早産の場合に限らない。普通分娩(ぶんべん)でも外出できずに閉じこもり、ストレスをため込む母親は少なくない。結果的に虐待など深刻な事態に陥ってしまうケースもある。
広島市児童相談所の森修也所長は「子どもがどんな状態で生まれてきたかにかかわらず、虐待は誰にでも起こり得る」と強調する。全国の児童相談所が虐待に対応した件数は二〇〇五年度に過去最高の三万四千四百七十二件を記録。一九九〇年度から増え続けている。「問題は、SOSが届かないケースだ」と指摘する。
産前産後にわたって、母親とかかわる病院や助産院がSOSをキャッチすれば、フォローにつながる。母親を孤立させず、虐待を予防する観点からも、分娩に携わる人たちの役割は大きい。
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