マタニティーヨガで力抜けた 心身の変化と向き合う
大きなおなかを抱えた七人の妊婦が、手足や腰、胸を伸ばしたり、ひねったりしながら、さまざまなポーズを取る。福山市神辺町にある西田助産所で月二回開かれるマタニティーヨガの集まり。助産師の西田啓子さん(49)の指導を受け、妊婦たちは、心地よさや、体を伸ばした時の痛みの感覚を感じ取りながら、体をほぐしていく。
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マタニティーヨガの集まりで、目を閉じて、おなかの中の赤ちゃんと語り合う妊婦たち |
その一人、臨月を迎えた市内の看護師生藤仁美さん(31)は「やっと、産むスタートラインに立てた気がする」とほほ笑む。暗くなりがちだった表情が晴れやかになったのは、つい最近だ。
妊娠八カ月の四月下旬まで、仕事を続けていた。体が思うように動かなくなったと感じつつも、目の前の仕事をこなさなくてはならなかった。無理をしていた。逆子で、助産所での出産は難しくなりそうだった。
ヨガの集まりは、まさに癒やしの場だった。体があったまると、気持ちもあったまるようだった。体のしんどさを自覚でき、同時に、少し楽になった。「ここへ来れば何とかなる」。すがりつくように、ヨガ以外の日も、助産所に足しげく通うようになっていた。
体操、はり、整体…。助言を受けて、逆子を直すためにできることは何でもした。そして、予定日まで一カ月を切った五月半ば、「これだけやったんだ。どうなっても、受け入れよう」。吹っ切れた。心の中のわだかまりが消え、すっと楽になった。その四日後の健診、逆子が直っていた。
「産むための、心の準備ができたからなんじゃないかなあって」。生藤さんは、そう感じている。ヨガは、そのための入り口だった気がしている。
妊娠すると、女性の体は大きく変わる。おなかの張りや、体のむくみ、貧血や血圧の変化…。そういったサインをきちんと受け止め、自分を見つめ直せるかどうか。妊娠中は、母になるための貴重な助走期間だ。マタニティーヨガは、それに気付くための一つの手段にすぎない。
昨年六月、西田助産所で第三子を産んだ中学校教諭、高橋利恵さん(34)=尾道市=は「産む前に自分を見つめ直した、充実した十カ月。私の子育てを変えてくれた」と助走期間を振り返る。仕事と子育てで走り回りながら、いつも何かもやもやした思いがあった。六歳と四歳の娘たちを怒った後、一日中その気持ちを引きずってしまったり、夫が体調が悪いときに「しっかりして」と責めてしまったり。「なのに、自分自身が疲れていることすら、気付いていなかったんです」と打ち明ける。
妊娠四カ月ごろから、ヨガを始めた。最初は体もガチガチだった。あぐらも組めず、伸ばした足に手は届かない。ヨガをしながら、少しずつ柔らかくなった。日々忙しい中、ヨガの時間だけが、おなかの子どもと自分とのゆったりした時間でもあった。「体の力を抜く」ことを実感した。そうすると、普段の生活でも力が抜けるようになっていった。
今、三女のひかりちゃんは生後十一カ月。四月から仕事に復帰し、子どもも三人に増えたのに、これまでのように、いらいらしなくなった。「まあいいか」と思えることが多くなった。自分でも不思議なぐらいに。
何でも自分で背負い込んでしまいがちな性分。でも最近は、家事を夫に「やっといて」と自然に頼める。期待通りに行かなくても腹も立たない。
助産所で、ひかりちゃんが生まれた時を思い出す。ちょうど頭が出てきそうになったとき、「はい。力抜いてー」と呼び掛けられ、力が抜けた。「今でも、そのときの声がしているみたい」
どんな準備必要か 助産師 西田啓子さんに聞く
今までの生活振り返って
広島県内では数少ない分娩(ぶんべん)のできる助産所を開設、多くの分娩に立ち会ってきた助産師西田啓子さんに、マタニティーヨガを取り入れた狙いや効果、出産の前に、どんな準備が必要なのかを聞いた。
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「どこで産むにしても、自分で産むんだということに気付いてほしい」と話す西田さん |
―なぜ、マタニティーヨガを始めたのですか。
お産に立ち会う中、お母さんたちが、自分の体に対する感覚が鈍いことが気になっていました。疲れやこり、痛みに鈍感で、自分の体のことに気付くより、言われた通りにすれば大丈夫、「産ませてもらう」という指示待ちの姿勢です。
それでは、生まれてくる赤ちゃんの本能のままの要求や、体の感覚にも鈍感になりがちです。感覚磨きが必要。まず母親たちに体の声に耳を傾けてもらおうと、ヨガを始めました。
―どんな効果があるのですか。
例えば、こんなところに力が入っていたと分かると、自分が頑張っていたことが分かり、自分の体がいとおしくなる。体の感覚を実感する体験は、自らの心に向き合うことにつながります。特に弱い部分、つまずきやすいところを知るのが大切。ヨガ教室は「気付きの場」なんです。
気付けば、どうすればいいのかが分かります。体を開くと、気持ちもオープンになる。同じ立場の母親同士が交流し、リアルな経験を共有する場でもあります。
―産まれる前に、どんな準備が必要ですか。
妊娠しても、妊娠前と変わらない生活を続ける人が多いですが、妊娠中は、今までの自分を振り返る時期です。
衣食住の生活スタイルにとどまりません。夫との関係、上の子どもたちや親など家族との関係。自分自身の性格…。いいとか悪いとかではないんです。自覚した上で、これからどうしたいのかが、はっきり分かることが大事。自分を受け止めると、子どもが受け止められる。
コンビニエンスストアでモノを買うように、お産や育児はできません。心の準備が不可欠。それがないと、夏服のままエベレストに登るようなもの。そして、人の意識は人によってしか変わらない。人によるサポートが今、必要です。
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