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たゆまず歩む 地域とともに 中国新聞

「いいお産 考」

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 第3部 ママになるには

2.集約化の現場で
− 妊婦の心 ケア届かず −

腰さすってあげたくてもできない


  助産師不足 分娩制限も

 二人の助産師が、走り回っていた。廿日市市にあるJA広島総合病院の産婦人科病棟。四月のある夜、四人のお産が重なり、対応に追われていた。

 初産の広島市佐伯区の主婦(36)。陣痛は朝から十時間以上に及んでいた。初めて経験する強い痛みが、何度も、何度も、寄せては返す。「いつまで続くんだろう」。付き添ってくれた実母と二人、不安はなかなか消えなかった。

 助産師や看護師は初対面だったが、一、二時間に一度は訪れて、お産の進み具合をみてくれていた。助産師を呼ぼうかどうか迷った上で、どうしても不安な時だけ、何度か、ナースコールした。

 「放っておかれたわけじゃない。忙しいのはしょうがない。それより無事に生まれたことに、産後の母乳ケアに、心から感謝している」と、この主婦は話す。

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JA広島総合病院の産婦人科外来に張り出された「分娩数制限のお知らせ」。妊娠後期まで正常に経過している、出産のため里帰りした妊婦らの予約を制限している

 ただ―。「助産師さんがもっとそばにいてくれたら、安心だったかもしれない」

 広島総合病院には今、地域の分娩(ぶんべん)が集中するようになっている。産科医師の不足などから二〇〇五年以降、大竹市の国立病院機構「広島西医療センター」など周辺にある産科施設が相次いで分娩を中止。広島総合病院の分娩数は、月四十件前後から月六十件前後に増えた。六十七件の出産があった昨年六月は、一日に七人が生まれた日もあった。

 同病院に期待される役割は、さらに重みを増そうとしている。広島県や広島大などが検討している産科医師や施設の「集約化案」で、同病院を「基幹病院」と位置付けているからだ。広島西医療圏(廿日市市、大竹市)では、同病院に医師や機能を集中。お産も集中して受け入れてもらおうとの考えだ。

 しかし、お産が集中したら、妊婦の抱える不安はどうなるのだろうか。

 「忙しいと、腰をさすってあげたくても、できないジレンマがある」。広島総合病院で分娩介助を担う助産師は、もどかしがる。外来で健診に訪れる妊婦に接する看護師は「待っている人数が多いと、妊婦の精神面までにアンテナを張り、サポートするのは難しい」と打ち明ける。

 さらに「基幹病院」には、緊急搬送されるなどリスクの高い妊婦への対応も求められている。お産が集中する一方、助産師らスタッフが不足したため、広島総合病院は今年二月から正常分娩の受け入れを制限し始めた。

 限られたスタッフで、できることには限界がある。角重信病院長は「ハイリスクの人を含め、引き受けた妊婦に適切に対応するため、やむを得ない」と、苦渋の決断の背景を説明する。

 広島総合病院だけではない。ごく一部の都市部を除く中国地方の各地域で、産科施設が減り、残る「基幹病院」が、地域のお産を一手に担う―そんなケースが増えている。しかし、産科医師や助産師不足が深刻さを増す中、集中した分娩数に見合うだけのマンパワーが確保できるかどうか、定かではない。

 中国地方でも、個人病院などでは、陣痛が始まってから出産するまで、助産師が付きっきりでサポートする病院もある。妊婦の安心感は、出産時のリラックスにつながり、安産やお産の充足感、育児への自信をもたらす―。そんな事例も少なくはない。

 広島総合病院の産婦人科主任部長の内藤博之医師は「『基幹病院』の役割は多岐にわたる。お産が集中すると、妊婦への精神的なケアは難しくなるだろう」とみる。医療側の事情で進む集約化の流れは、産前産後で揺れる妊婦の気持ちに寄り添うお産からは、遠ざかる動きなのかもしれない。


産科の集約化 主として公的な総合病院の「産婦人科」を統廃合し、産科医師や設備を少数の病院に集中させる仕組みづくり。深刻さを増す産科医師不足への対応策として、厚生労働省が各都道府県に検討を呼び掛けている。医師を特定の病院に集めることで一人当たりの夜間の呼び出し回数を減らし、緊急時には複数の医師が対応できるような態勢を取って、母子双方の安全を守るのが狙い。広島県では、県と広島大などが、県内7つの2次保健医療圏ごとに1―3カ所の「基幹病院」を設定する案の検討を進めている。



産科医療体制の在り方は


上田市産院(長野) 広瀬副院長に聞く

 各地で進む「産科の集約化」に異議を唱え、全国行脚している医師がいる。長野県の上田市産院の広瀬健副院長(57)。上田市産院は、集約化のため、閉院の危機に追い込まれたが、母親たちの反対運動が起こって存続した産院でもある。四月に倉敷市内で講演した広瀬医師に、集約化の問題点を聞いた。

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「正常な経過のお産には、女性の産む力と赤ちゃんが生まれてくる力を引き出す継続的ケアが必要」と強調する広瀬副院長

「分散化」こそ安心高める

 ― 一番の問題点は何ですか。

 産科のケアや処置が「流れ作業」になりやすい。集約化は産科医師不足の対応策で、ケアや処置の効率化が狙い。大病院のスケールメリットを生かして、少ないスタッフで多くの妊婦をみる仕組みだ。

 集約化が進んだ英国では、次から次にお産をこなす大病院に「ブロイラー工場」との批判も強まり、産科医師も疲弊。今年四月には、身近な地域で助産師が出産を担う態勢に方向転換すると表明した。日本は、英国の来た道をたどろうとしているようにも見える。

 ―集約化で、緊急時に複数の医師が対応できるようになれば、安全性が増すのではないですか。

 ハイリスクの妊婦対策として、高次医療機関への医師の集約は必要。しかし、正常分娩を大きな病院に集めれば、むしろ危険性は増す。継続的なケアで異常を招かないように支える助産行為が難しくなる。

 どんなお産にも「正常からの逸脱」はあり得るが、妊婦が集中するとケアが手薄になり、発見も遅れやすい。むしろ助産師が付き添えば、トラブルの発見は早まり、適切な対応が取れる。

 ―今後の在り方は。

 集約化は、「安全に産むこと」だけに固執する医療側の事情を優先させたシステムで、産む側の視点が欠落している。どこで産むかを選ぶ権利すらない。お産は、母親になるための「通過儀礼」。女性が、母親として生まれ変わり、親子のきずなを培う過程でもある。家族、社会の在り方にも影響する。

 妊娠、出産、産後を通して助産師がサポートすると、母親の満足度は大きく高まる。身近な地域での助産師主導のマタニティーケアを、産科医療体制が支える仕組みづくりこそ進めるべきだ。集約化ではなく、「分散化」で産科の危機は救える。


2007.5.24