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たゆまず歩む 地域とともに 中国新聞

「いいお産 考」

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 第3部 ママになるには

1.揺れる気持ち
− 産後うつ 焦るほど窮地 −

寝てくれない・母乳が出ない…


  育児放棄や自殺衝動も

 涙が止まらない。理由は自分でも分からない。けれど泣けて泣けて仕方がない。気が付くと、出産のため入院した産婦人科病院の個室に薄日が差し込む。体を動かす気力はなく、照明のスイッチさえ押せない。暗闇に時計の秒針の音だけが響く。

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一人が4時間にわたって、お産の体験を話す「周産期を語る会・エニシダ」。「話せば気持ちの整理がつく」と加藤代表(中)

 二〇〇〇年二月。福山市の女性(42)が激しい気分の落ち込みに陥ったのは、産後間もなくだった。五年前に流産を経験し、「今度は守ってあげるからね」と産んだ第一子。なのに「かわいいと思えなかった」。

 無事出産したのに、言い知れない抑うつ感に陥る。そんな産後うつになる人は、少なくない。福山市保健所の〇三年の調査では、母親の24%が兆候を示した。多くは産後二週間から数カ月の間に発症し、数年間の経過をたどる。睡眠不足による疲れ、育児ストレス、家族の無理解…複数の要因が絡み合う。

 この女性が深刻な状態を乗り越え、冷静に振り返られるようになったのは、つい最近のことだ。

 まず分娩(ぶんべん)のときにショックがあった。生まれた子どもに黄疸(おうだん)の症状があったため、母子同室は一日だけ。治療を受ける子どもをガラス越しに見るしかなかった。「他のお母さんは隣に寝かせているのに、ごめんね」と自分を責めた。

 退院直後は、どん底だった。赤ちゃんが寝てくれない。泣きやまない。母乳がうまく出ない。「母親としての自信をまったく持てなかった」。兄嫁が抱いたら、なぜか、ぐずらずに寝入った。その日から三日間、食べられず、眠れなかった。そのうち、子どもの世話も放棄するようになった。仕事で多忙な夫には頼りにくく、実母の何げない「産まなければ良かったのに」との一言が心に突き刺さった。

 子どもと二人きりになると、体が震え、硬直した。「この子に私は必要ないのではないか」。自宅二階のベランダから飛び降りようとし、踏みとどまったのは一度や二度ではなかった。産んだ病院に行ったが、相手にしてもらえなかった。「誰を頼ればいいの…」。悲痛な思いを抱え続けた。

 窮地を救ったのは生後四カ月のころ、たまたまチラシを見て訪ねた助産師との出会いだった。約二年間通い詰め、洗いざらい打ち明けた。助産師は「それでいいんよ」と認めてくれた。ほろりと涙が出た。「よりどころが早く見つかっていれば」。笑顔が戻った今、そう思う。

 重い産後うつに至らなくても、産前、産後にかけて気持ちの大きな揺れに直面する女性は多い。そんな、お産のときの体験や思いを、一人が四時間かけて吐露する会が山口市にある。「周産期を語る会・エニシダ」(二十人)だ。月一回の集まり。「医師の冷たい口調に傷ついた」「陣痛のときに放っておかれ、孤独だった」「夫が最後まで人ごとだった」。いろんな本音を吐き出し合う。

 お産の経験がないと、分かってもらえない気持ちかもしれない。自分自身、なぜそんなに落ち込むのか分からないこともある。しかし妊娠した一人一人にとっては、大小さまざまな傷となって心に降り積もる。

 解決しないまま子育てを始めると、さらに不安が募る。頼る場所が見つからない。探す気力も時間もない。育児不安が深まれば、理想の母親像は遠のくばかり。最悪の場合は、乳幼児虐待や自殺も招きかねない。エニシダ代表の加藤裕紀さん(40)は言う。「産後うつの予備軍はたくさんいる。妊娠中や出産時から、打つ手はないのだろうか」



どうサポート?


四日市看護医療大 牛之濱准教授に聞く

 十人に一人か二人の割合で発症するといわれる産後うつ。周囲は、どう対応すれば良いのか。「周産期を語る会・エニシダ」のオブザーバーを務めていた四日市看護医療大(三重県四日市市)の牛之濱久代准教授(45)=母性看護学=に聞いた。

産前から準備/相談窓口を活用

 −どんな人が産後うつにかかるのですか。

 産後は母体の生理機能が激変する時期で、情動が不安定になりやすい。夫の精神的支援が得られないケースや、分娩時のショック体験、身内の不幸が引き金になる場合もある。生まれつきの体質も影響するとされる。疲労感や不眠、食欲低下のほか、必要以上に自分を責めたりするので注意が必要だ。

 −SOSをどうキャッチしますか。

 引きこもった状態の母親から、相談を持ちかけてもらうのは難しい。分娩した病院が、一カ月健診までの不安定な時期を、電話などでサポートする体制を整えるとよい。世界で広く用いる「エジンバラ産後うつ病質問票」を活用すれば、産後うつを把握しやすい。

 また、医師や助産師は産前から、出産後をしっかり見据えて妊婦のケアに当たる必要がある。

 −家族の対応は。

 慌てず、まず話をよく聞いてあげることだ。夫が聞き役に回り、一緒にできることを考えてほしい。事前に、周産期の心身の変化を家族全員が頭に入れておくとよい。(行政の設けている)保健センターなど相談窓口を確認しておくことも勧める。


2007.5.23