バースプラン「その時」に備え 家族のきずなを再確認
♪ハッピ・バースデー・ディア・日向(にこ)ちゃん。
広島市中区にある土谷総合病院の陣痛分娩(ぶんべん)室に、祝福の歌声が響いた。二〇〇六年十二月、女児を産み終えたばかりの船本綾乃さん(28)と、立ち会った夫の成輝さん(28)、医師や看護師ら病院スタッフが声を合わせた。
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「夫の立ち会いを希望します」。助産師(右)とバースプランの打ち合わせをする妊婦(土谷総合病院) |
「赤ちゃんにHAPPY BIRTHDAYを歌う」。夫妻が妊娠九カ月のとき、病院に提出した「バースプラン」通りだった。「何よりも生まれてきてくれたことを祝いたかった。人生で一番うれしい瞬間でした」と、第一子誕生の喜びをかみしめた。
新しい家族を迎え入れるお産。バースプランは「出産の計画書」と言われ、お産に対する家族の姿勢がにじみ出る。船本さん夫妻は「三人で力を合わせて頑張ろう」と、プランを立てていた。赤ちゃんも含めて、家族にとって大事な場面を、満足のいく状態で迎えようと考えたからだった。
プランはA4の用紙に手書きで十項目。「(生まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱く)カンガルーケア・わたし→夫」「医療介入は最小限に」「その時自分が一番楽な姿勢で」「照明は暗めに」…と並ぶ。小田博宗産婦人科部長は「みんなの口から自然に歌が出てきたね」とほほ笑む。船本さん夫妻も「家族、医療スタッフが一致団結できた」と満足そうだ。
土谷総合病院は、広島県内の病院でも早い一九九六年からバースプランを導入した。妊娠四カ月のときに要望を聞き、九カ月で再確認する。要望内容に決まりはなく、できるだけ聞き入れるようにしている。助産師の三浦満看護主任は「お産にとって大事なのは結局、家族の力」と強調する。
「しっかり話し合って出来上がったプランは、家族のきずなを深め、妊婦の精神的な安定にもつながる。私たちは黒子として手助けをする」。家族や病院スタッフの信頼関係を重視しようとする取り組みだ。
産前産後 助産所で一貫ケア 会話重ね緊張ほぐす
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「この子は難産だったけど、丈夫に育っている…」。自らの手で取り出した新生児一人一人の写真を懐かしそうに眺める長川院長 |
出産前から出産、産後まで、一貫してケアを引き受ける助産所に信頼を寄せる人も少なくない。岩国市の藤本昌代さん(31)は、第二子の出産に市内の助産院「マミーズハウス」を選んだ。
第一子の時は、市内の病院だった。「息み方が良くなかったのかもしれません」。意識がもうろうとする中で陣痛促進剤を打たれ、器具を使って赤ちゃんを出す吸引分娩になった。「次は自分の力で、自分のペースで産みたい」と願った。
友人の紹介でマミーズハウスを訪ねた。「力を抜いて」「そう、上手よ」。助産師の長川幸子院長(57)が腕をさすり、息み方をほめてくれた。病院とは違う安心感が生まれ、うまくいった。
住宅街の一角にあるマミーズハウス。入院している人たちが食事をする時刻になると、野菜たっぷりの料理のにおいが立ち込める。アットホームな雰囲気な中で生まれた赤ちゃんは、一九九四年の開業以来、五百人を超える。「リラックスさえできれば、すべて順調に進む」と長川さん。出産前から一対一で会話を重ねることで、性格や家族状況もおのずと分かる。分娩での緊張を解きほぐす信頼感へとつながる。
こうした取り組みが見られる一方で、産婦人科をめぐる医療訴訟が目立っている。産婦人科の医師数は医師全体の約4%にとどまるものの、訴訟件数では全体の約12%を占める、との国や司法のデータもある。「お産は一人一人違うもの。自分のプランをしっかり伝えてほしい。そこから信頼関係も生まれる」と土谷総合病院の三浦看護主任は指摘している。
「家族と一緒に」「赤ちゃんを抱きしめて」「自然のリズムで」…。お産について考えるシリーズの第一部を通して、さまざまな思いを拾い集めた。主役となるべき産む側が自分たちや家族の気持ちを伝え、支える側の医療スタッフが受け止める。そんな信頼関係が、「いいお産」を実現させる大切な要素になっている。(上杉智己)
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産婦人科をめぐる医療訴訟 最高裁判所によると、2005年にあった医療訴訟1035件のうち、産婦人科関係は119件と11・5%を占めている。14の診療科別では、内科の265件、外科の260件に次いで3番目に多かった。整形外科97件、歯科69件などが続き、麻酔科の7件が最も少なかった。
=第1部おわり
2007.1.11
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