「総合センター」に緊急搬送 誰にでも…必要性実感
「もしあの時、受け入れてもらえていなかったら…」
二〇〇六年一月、妊娠二十七週目だった山口県田布施町の平田涼子さん(34)は、県の「総合周産期母子医療センター」に指定されている防府市の県立総合医療センターで、長男を出産した。
検診に通っていたのは田布施町に隣接する光市内の個人病院だったが、早産の恐れがあると分かったため、救急車で搬送された。「不安だったけど、その時はもう先生を信頼して、お任せするしかなかった」と当時を振り返る。
光市周辺の岩国市や周南市には、「総合センター」と連携し、緊急時に対応する「地域周産期医療センター」に指定された病院がある。しかし、平田さんが緊急事態に陥ったとき、いずれもいっぱいで、受け入れてはもらえなかった。
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リスクの高い出産に対応できる施設として指定された山口県立総合周産期母子医療センターの新生児回復期病床。集中治療室を出た赤ちゃんのための病室ともいえる |
結局、救急車で約一時間かかる防府市に運ばれた。平田さんの血圧が上昇し、赤ちゃんの心音は下がってきたため、帝王切開での出産となった。
医師らの懸命な治療で、四九〇グラムで生まれた長男は今とても元気に育っている。
お産には必ずリスクが伴うため、母子の安全確保が必要不可欠だ。「総合センター」に運ばれて事なきを得た平田さんとは逆のケースが、奈良県で昨年八月に起きた。頭痛を訴えた妊婦が分娩(ぶんべん)中に意識を失った。約二十の病院に受け入れを断られ、亡くなった。奈良県では総合周産期母子医療センターが整備されていなかった。
「危険は誰にでもありうること。何かのときに助けてもらえる施設が必要」。広島県の「総合センター」に指定されている県立広島病院(広島市南区)に昨年六月搬送され、二男を出産した村田あゆみさん(37)=中区=は実感を込める。長男は近所の個人病院で出産。問題はなかっただけに、まさか自分が緊急搬送されるようになるとは思ってもみなかったという。
高度な医療技術や設備を提供できる医療施設は、リスクと向き合う妊婦にとっては、「最後のとりで」になっている。各県にある「総合センター」の役割は重い。
産科医・分娩施設の減少 課題山積 現場に不安
高いリスクのある出産や、万一のケースに対応する総合周産期母子医療センターは、中国五県に六つある。重い責任を果たしているだけに、課題も多い。
産科医師が減り、分娩できる施設が次々に減る今、周産期医療の拠点病院に指定される医療機関は、その地域の人たちにとっては数少ない「産む場所」にもなっている。
防府市の「総合センター」は、昨年四月からあらかじめ出産予定日に予約を入れておく「分娩予約」を導入した。希望が多すぎる場合は断るようになった。
背景には、地方で進む産科医師の減少がある。二〇〇〇年には防府市内に六カ所あった分娩施設が現在は二カ所にまで減った。周辺地域では最近七年、新規開業はなく、高齢化した開業医の休業も相次ぐ。加えて、周辺で年間約三百件の分娩を扱っている宇部市内の総合病院が、今年から分娩を取りやめる。
同センターでは、年間三百五十件程度だった分娩が〇五年度は四百件、〇六年度は既に六百件を超えた。医師は婦人科などの外来も含めた産婦人科全体で五人だけ。「分娩予約」の導入で、母子ともに異常のない正常分娩を制限しなれば、センターの本来業務であるハイリスクの妊婦に対応できなくなったり、緊急搬送も受け入れられなくなったりする恐れがあるからだ。
「このままでは、『お産難民』が出かねない」。周産期センター長の佐世正勝医師(47)は危機感を募らせる。「安全を確保するはずのセンターで、安全なお産が保証できなくなってはならない」
同センターは、医師がリスクの高いお産に対応できるよう、特別な医療の必要ない正常な分娩については、病院内で助産師が介助する「院内助産所」設置も検討している。
日本の新生児死亡率は1・8%(二〇〇〇年)。世界でも有数の安全なお産ができる国だが、晩婚による出産の高齢化などの影響でリスクの高いお産が増えている。県立広島病院の上田克憲産科部長(53)は「無事に生まれて当たり前とは言い切れない」と指摘する。産科医師が不足する中、安全を守るための新たな方策が求められている。(森田裕美)
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総合周産期母子医療センター 正常な出産が困難な病気や、双子以上の多胎の妊婦、異常が疑われる胎児を妊娠中の母親などリスクの高い出産に対応できる医療施設。都道府県が指定する。妊娠後期から新生児期までの「周産期」に母体・胎児と、新生児を総合的に治療、管理できる。母体胎児集中治療室や、新生児集中治療管理室、新生児回復期病床などが設けられている。国は、緊急で高度な治療に対応するため、各都道府県にセンターを指定するよう通知している。厚生労働省によると、2006年7月時点で中国5県の6施設を含め、39都道府県に61施設あり、地域の一般の病院などと連携し、周産期医療システムを担っている。
2007.1.10
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