2.完全な母 −子どもは自分の通知票
核家族育ち、他人と交わるのが不器用
義母との協力関係構築
山口市のJR山口駅近くの商店街にある、子育てサロン「ほっとさろん西門前・てとてと」。市内の主婦大谷美津代さん(61)は月に一、二回立ち寄り、若い母親たちとの会話を楽しむ。「今はベビーカーや抱っこが多いけど、やっぱり背中におんぶが一番よ」
大谷さんの育児談議に、運営スタッフの国弘智子さん(27)が相づちを打つ。「いろんな人に出会って、育児にさまざまな方法や考え方があっていいんだと思えるようになった」
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子育て中の主婦は、ともすると家にこもりがち。気軽に集える場づくりに山口市が三年前、「てとてと」を開設した。
一カ月に延べ約千人、親子や祖父母世代がやって来る。ボランティアの国弘さんは週に三回、長男(4)同伴で出勤する。きびきび動く姿からは想像できないが、四年前は「わが子に手を上げる寸前だった」。
「どうしたん」。深夜、寝室のドアをノックして入ってきた義母(65)の、何げない一言。生後間もない長男の夜泣きが一時間以上もやまず、必死にあやしていた国弘さんの胸には、鋭い矢のように突き刺さった。「わが子も泣きやまさせられないダメ母と、責められたように感じて…」
学生時代に知り合った夫(30)と卒業後すぐに結婚。生まれ育った神戸市を離れ、山口市の夫の実家で新婚生活を始めた。間もなく、長男にも恵まれた。
現実はしかし、思い描いていた幸せな子育てとは違った。夫は深夜まで残業。身近に友人、知人は一人もいない。唯一、手を差し伸べてくれる義母は共に暮らし始めて間もない「他人」。とても、悩みを素直に打ち明けられなかった。逃げるように、神戸への里帰りを繰り返した。
子育てに不慣れな新米ママにとって、経験豊かな義母は力強い味方のはず。だが、国民生活白書(二〇〇五年版)によると、二歳半の子どもを育てている専業主婦のうち、義母に日常的に子守を頼む人はわずか8%に過ぎない。
「子育ての責任を一身に背負った主婦にとって、子どもは自分の『通知票』みたいなもの」と言うのは、広島文教女子大(広島市安佐北区)の吉田あけみ助教授(家族社会学)。
以前の国広さんのように「完ぺきな母親でなくちゃ」と心によろいをまとうと、周囲の何げないアドバイスも「非難された」と聞こえてしまうというわけだ。
「てとてと」所長の井出崎小百合さん(38)は、国広さんとの初対面が忘れられない。「ハイハイを始めたばかりのわが子に『おとなしくせな、あかんやろ!』と怒鳴りつけて。私はきちんとした母親です、と必死にアピールしていた」
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児童虐待の防止に取り組む、山口県立大の森田秀子助教授(小児看護)には、今どきの母親世代を「核家族で育ち、異年齢交流の体験も少ないせいか、他人と交わるのが不器用」と映る。うっせきした悩みやストレスが、子どもに向かうケースを多く見てきた。
森田助教授は、子育て中の母親同士が心を開き、語り合う関係づくりに有効な、カナダ流の訓練プログラムに着目。講師の資格を取り、「てとてと」など山口市内で指導に当たっている。
プログラム名は「ノーバディーズ・パーフェクト」。「完ぺきな母親なんていないんだよ―という意味だと聞いて、すごく楽になりました」と国弘さん。義母とも徐々に協力関係を築きつつある。「私はすぐ、息子を頭ごなしにしかってしまう。でも、義母がうまく息子の心を癒やしてくれるんですよ」。笑顔に、ゆとりがあった。(西村文)
2006.2.28