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たゆまず歩む 地域とともに 中国新聞

「再生 安心社会」

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第3部 司法の現場で

6.処方せん

−認知療法 矯正へ一歩−

 埼玉県川越市の川越少年刑務所。窓格子のはめ込まれた部屋に、机が円形に並び、受刑者八人と教官二人が向き合う。「どういうときにわいせつ行為に及んだのか」「どう思ったのか」―。受刑者同士が、性意識や生い立ち、人間関係の失敗などを自由に話し合う。性犯罪者の再犯を防ぐ教育「性犯罪者処遇プログラム」の風景だ。

▽「ゆがみ」を自覚

 教官はテキストを示しながら、「粗暴性のある人は再犯の危険性が高い」など、性犯罪に結び付く思考や行動パターンを説明する。例えば、寂しさを募らせる男性が「女児なら孤独を理解してくれる」と、わいせつ行為に手を染めたケースのどこがおかしいのかを受刑者全員で考えてみる。すると、「小さな子だからすぐ忘れる」などの思い込みの身勝手さに気付くという。

 受刑者の一人は、「ちょっと女性に傷つけられると、女性全体に敵意がわき、ターゲットを物色する」と漏らした。何人かがうなずいた。「似たような背景の人の話を聞いて、悩んでいるのは自分だけではないと思えるし、認知のゆがみに気付かされる」。黒川潤調査専門官(43)は手応えを感じる。

 再犯の危険性を高めるストレスや知人とのトラブルなど「引き金」を自然に回避する方法も学ぶ。被害者の痛みを知るための講義も受ける。

 「性犯罪者の再犯を防げなかった日本で非常に大きな前進」。山上皓・東京医科歯科大教授(犯罪精神医学)は、各刑務所で始まったプログラムの意義を強調する。

 法務省の研究会メンバーとして、犯罪を起こす行動を受刑者が自覚し、自制することを目指す「認知行動療法」を中心にした処遇プログラムをまとめた。二〇〇六年五月に刑事施設・受刑者処遇法(旧監獄法)が施行され、性犯罪の受刑者の矯正教育が義務化されたのに伴う取り組みだ。

 従来の刑務所は起床―労務作業―就寝の繰り返し。山上教授は「自分の抱える問題の深刻さを理解する間もなく刑期を終える。特に性犯罪の量刑は軽すぎて、周囲が『また罪を犯すだろう』と思いながら出所させていた」と強調する。

▽カナダでは効果

 すでに同じような対策を実践するカナダでは、性犯罪者の再犯率を低下させる効果を上げているという。プログラムの実践は日本ではまだ試行錯誤だが、旧監獄法をはじめ、刑務所での受刑者の処遇に欠けがちだった矯正という視点が備わる。

 さらに、男性ホルモンを抑制するなどの薬物治療について研究会は、副作用の可能性がある▽日本に専門家が少ない―などの理由で、引き続き検討課題とした。

 繰り返すうちにエスカレートする傾向があるといわれる性犯罪。今春にも広島高裁で始まる木下あいりちゃん事件の控訴審も、ペルー人被告の自国での性犯罪歴の認定が焦点となる。

 性的暴力を受けた被害者や家族の相互支援グループ「野の花」の高野茉莉子代表(仮名)は「性犯罪者が再び罪を犯さないような矯正教育を充実させてほしい」と期待を込める。

 認知行動療法は、性犯罪だけでなく、覚せい剤使用や放火、万引などの犯罪者にも効果があるとされる。再犯を防ぐ新たな処方せんの真価が、矯正の現場に問われる。(久行大輝)


性犯罪者処遇プログラム 川越、奈良両少年刑務所を手始めに、計20刑務所と保護観察所に段階的に導入、本年度中に約1700人が受講する。「性犯罪プロセス」「認知のゆがみ」「被害者への共感」などの5科目。再犯の恐れなどに応じて受講科目を決め、3―16カ月、1回100分の講座を週1、2回実施する。

=第3部おわり

2007.2.2