夜 あ け
作・中澤晶子 絵・ささめやゆき
起きていると、いろんな音が聞こえる。ぼくが眠ってさえいなければ、きっと聞こえた、かあさんがさいごの息をほそく吸って、いってしまった夜の音。
「ほんとうに、ひと晩じゅう、起きているつもりか」
とうさんは、あきれた顔でぼくを見る。
あの夜みたいに眠ったりしなければ。もしかして、って思うから。ぼくは、とじかけた目を、いっぱいにあけた。
とうさんがつくった小さなレンガの暖炉から、ぱちぱちはぜる薪の音。まっかになった薪が、がさりとくずれると、火の粉がぱっと舞いあがり、とうさんの横顔が白くひかる。
外は月夜だ。どこかで枝につもった雪が、こらえきれずにおちていく。
かあさんがいなくなって、初めての、ふたりだけの冬の山小屋。いまにもくずれそうな、がたぴしの小屋だけど。耳をすますと、とうさん、かあさんとすごした花の季節や、虫だらけの夏や、雪かきばっかりしてた大雪の冬の音が聞こえてくる。
「ああ、森のにおい!」
かあさんは、車を降りて小屋の前に立つと、いつだって同じ声で言った。でっかい声の、元気だったかあさん。なのに。
つめたい空気が吸いたい。ぼくは、毛布をはねのけて立ちあがった。
「どうした?」「外に」「寒いぞ」
とうさんは、だまってついてきた。
はでな音をたてて、ドアがあく。かあさんがぬったペンキが、ひとひら、おちる。
つんと凍った空気。鼻の奥がいたい。
いちめんの雪は、月のひかりに照らされて、青く白く、かがやいていた。
「とうさん、あそこ、ほら」「どこ?」
「ほら、やぶのいりぐち。あしあと」
「ああ」「うさぎだよ、きっと」
「そうかな」
「…かあさん、うさぎ年だった。だから、うさぎ」「そんな」
とうさんが笑った。
かあさんがいってしまっても、ちっとも泣かなかったとうさん。
「そうか、うさぎ年だったか」
とうさんは、歩いていってしゃがみこみ、雪の上のあしあとをそっとなでた。
ぼくは、とうさんとならんで白い森を歩く。
あれ? ほら。
聞こえるよ、だれかがいっしょに歩いてる。ぼくには、わかる。とうさんも、きっと。ぼくたちは、だまって歩く。あしもとで、サクサク、雪が鳴る。
「……さてと」
とうさんが、大きく息をついて立ちどまる。
「もどって、朝飯のしたくをしよう」
とうさんは、ぼくの肩をぎゅっと抱いた。ぶあつい鉄のフライパンでつくる目玉焼き。いいにおいのベーコン。かあさんが夏につくった野いちごのジャム。そうだね。ぼくは、うなずく。
もう、だれも歩いてはいない。とうさんとぼくのふたりだけ。雪を踏む、ふたつのあし音。
もうすぐ、ひがしの峰に初日がのぼる。
|