カンガルーケア 忘れられない 命の感触 生々しく
へその緒は、まだつながっていた。生まれたばかりのわが子が、自分のおなかの上にうつぶせに寝かされた。多々納俊江さん(38)=島根県斐川町=は二〇〇六年十二月、同町の吉野産婦人科医院で四人目の凛太郎ちゃんを産み、初めて「カンガルーケア」を体験した。
凛太郎ちゃんは、あっという間に自力ではい上がり、おっぱいに吸い付いた。「生命力ってすごい。それに、何てかわいい」。胸がいっぱいになった。「忘れられない感触。命を生々しく感じました」と多々納さんは、その時を思い出す。
出産を終えた部屋で、そのまま約二時間、赤ちゃんが母親の胸の上で、肌と肌を接して過ごす。この「カンガルーケア」を、同医院は〇三年から取り入れた。吉野和男院長(50)は「母親とそばにいる家族が感動します。そして、私たちスタッフも感動する」と、ケアの良さを語る。
カンガルーケアは、母乳育児を推進する「赤ちゃんにやさしい病院(BFH)」のケアの一環でもある。
同医院は〇五年、世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)からBFHに認定され、カンガルーケアを通じて、産後三十分以内に赤ちゃんが母乳を飲むように促している。産後、医学的な必要がない限り、赤ちゃんに母乳以外のものは一切与えない。
その結果―。同医院の〇五年のデータでは、母乳だけで育つ子どもの割合は、退院時で93・6%、三カ月後では91・0%。同じ〇五年、三カ月健診時の全国での割合は38・0%(厚生労働省調べ)。その差は、非常に大きい。ただ、BFHに認定されている病院は中国地方では五つにとどまる。
では、カンガルーケアや母乳育児は、どんな効果があるのか。吉野院長は「母親と子どもが触れあって、きずなが強くなるようなケアが一番いいと感じている。そうして、子育てが自然にいくのが理想でしょう」との考えを示す。
おっぱいだけで大丈夫 いつも一緒 愛情養う
〇五年の国の調査では、妊娠中に母乳で育てたいと思う人の割合は96・0%だった。このため、厚生労働省は、母乳育児がスムーズにスタートできる環境づくりを課題として挙げている。しかし、母乳指導の内容は、病院によって大きく違う。
赤磐市の主婦蓮池育子さん(34)は〇六年九月、BFHに認定されているサン・クリニック(岡山市)で三女の日茉璃(ひまり)ちゃんを出産。今、おっぱいだけで育てている。
「びっくりです」と笑う。というのも、上の二人は、ミルクで育てたからだ。長女(11)を産んだ病院では生まれた日から、ミルクを飲ませる指導があった。「ミルクも必ず飲ませるものだ、と頭にインプットされました」。その経験から二女(7)も退院後は母乳に加え、ミルクも飲ませた。
しかし、同クリニックでの母乳指導は、内容がずいぶん違った。産後は、カンガルーケアを経て、子どもとずっと同じ部屋で過ごした。ベッドに添い寝して、赤ちゃんが泣いたら、おっぱいを飲ませるという繰り返しがあるだけ。ミルクは登場しなかった。
「子どもが泣くと、母乳が足りないんじゃないかって不安になる」と蓮池さん。でも、同クリニックでは「いいおっぱいね」と励まされ、「おっぱいだけで大丈夫」という気になれた。「病院の指導によってずいぶん違う。私は母乳が出ないと思い込んでいただけなんでしょうか」
カンガルーケアや母乳育児で母子のきずなを深めているのは、蓮池さんだけではない。瀬戸内市の守時知恵さん(30)も、その一人。生まれて間もない長男輝(きら)ちゃんと、同クリニックの自分の部屋で添い寝して過ごす。「ずっとそばにいると、食事のときに離れるだけでも寂しく感じるのが不思議」とほほ笑む。
「母乳が出なければ、そのときのためにミルクがある。それに、子どもとしっかりスキンシップを取ればいい」。同クリニックで母乳相談も受ける小児科の中山真由美医師(47)は明言する。その上で、こう指摘する。「母親に大切なことは、その子の求めに応えること。母乳を飲ませることを繰り返せば、自然とその感覚を育てる。そんな母乳を通じた『育児』を、産後のケアのやり方次第で後押しできるんです」(平井敦子)
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赤ちゃんにやさしい病院(BFE) 世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)が認定するベビー・フレンドリー・ホスピタル。医学的に必要がなければ、母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与えない▽母子同室にする―など、厳しく定めた「母乳育児を成功させるための10カ条」を実践している産科施設。国内では43施設、中国地方では次の5施設が認定されている。
梅田病院(光市)▽国立病院岡山医療センター(岡山市)▽サン・クリニック(岡山市)▽吉野産婦人科医院(島根県斐川町)▽鳥取県立中央病院(鳥取市)
2007.1.6
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