中国新聞


周囲が遠慮/届かぬ生活情報
父子家庭 孤立しがち


 一人親家庭の支援といえばこれまで「母子」が中心だった。しかし地域ネットワークの弱さ、生活情報力の乏しさというハンディから、「母子」に比べて孤立しやすいのが父子家庭だ。広島市中区で起きた六カ月女児の虐待死事件を機に「父子」のサポートを考える。

(編集委員・石田信夫)


公的支援に限界も 自助グループは活性化

広島市の女児虐待死事件 中区の無職の父親(24)が九日、六カ月の女児が泣きやまないからと自宅マンションでうつぶせにして窒息死させたとして、殺人の疑いで逮捕された。妻(20)とは一カ月前から別居中で、女児、長男(2つ)と三人暮らしだった。

 事件の父親(24)は、離婚はしていなかったものの妻(20)と別居中。「父子」状態だった。その中で育児や夫婦関係をめぐるストレスが虐待という形をとって噴き出したとみられる。

 「気持ちはよく分かる」と飲食業の男性(54)=東区=が言う。十二年前、妻が別の男性と家出して、五歳と八歳の子どもが残った。

 「パニックです。店のことをしながら子どもの弁当を作り、幼稚園の迎えに走り…もう死にそうだった。妻のことを考えたら頭にくるし、つい子どもに怒鳴りまくる。胃が痛くても酒を飲み、血を吐いた」

グラフ
広島市の主な一人親家庭の支援策

● 医療費助成 乳幼児が医者にかかった場合など、自己負担分を助成
● 日常生活支援 一時的に介護や保育が必要な時、家庭生活支援員が生活の世話などをする
● 児童訪問援助 悩みを抱えている小中学生に児童訪問援助員(学生など)を派遣
● 減税・減免など 市・県民税や水道料、保育料など(所得制限などあり)
● 市営住宅 入居の抽選で当選率を高める

◇「ひとり親家庭のためのしおり」から、父子・母子対象のもの。自治体によって支援内容は違う

 八カ月後に妻が子を引き取り、虐待は免れた。しかし「この子がいなかったら楽になるとも思ったし、もう一年続いていたら何が起きていたか分からない」と振り返る。

 仕事とともに子育てと家事がのしかかる。しかも親兄弟の力も借りられない。こんな時、周りのちょっとした手助けや声掛けがあれば楽になるものだ。

■「母子」と差

 ところが地域や近隣からの援助がほとんど期待できないのが父子家庭である。

 「私があまり外に話さなかったこともあろうが、誰一人として声を掛けてくれなかった」と先の男性。別の死別の男性(54)=南区=は「近所の人は葬式に出て妻がいなくなったと知っているのに、みんな私に距離を置いているようだった」と話す。

 母子家庭では考えられない周囲の対応。なぜだろうか。子育てボランティアや助産師ら数人に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「奥さんがいれば声掛けもできるが、つきあいのない人にいきなりは難しい」

 「声を掛けてプライドを傷つけては、と気を使う」

 「男性の家に行き来をして、あらぬうわさを立てられてはかなわない」

 浮かび上がるのは地域から切り離されたような父子家庭の姿だ。では公的なサポートはどうだろう。

 広島市の場合、一人親家庭に対して例えば一時的に家事支援をする人を派遣するなどのメニューがある。しかしあくまで本人の申請待ちであり、実際に申請しているのはほとんどが母子家庭だ。

 男性はこうした情報にもともと疎く、情報ネットワークからも外れ、それを得ようとする必死さにも欠ける。支援を受け損ねている人も多いとみられる。

 その中でわずかに市の側から「お節介」ができるのが保健師を通じたルート。四カ月や一歳半健診で気になる点があったり、健診に来なかったりした家を保健師が訪問し、サポートすべきと判断すれば担当につなぐ―との方法である。

■集えば元気

 ただ今回のように訪問しても会えなければ、そのルートも失われる。同市は一部の区をモデルに、健診に現れなかった人のフォローを試みているが「父子家庭が見えない」(保健医療課の山本洋子保健指導担当課長)のが実感だという。

 仕事も子育ても一身に抱え込み、助けを得られずストレスもたまりがちというイメージの父子家庭。これではしんどい。ならば同じ境遇同士が集まって相談に乗ったり助け合ったりしよう―というグループが生まれたのは四年前だ。

 「母子」も含めて八十組近いメンバーの「リシングルファミリー広島」。料理教室などいろんなイベントを企画して集まり、ストレスを解消する。山田行利代表(54)が言う。

 「集まるだけで心強く、元気がわく。話してそれを聞いてもらうことで、早く精神的に立ち直った人もいる。福祉事務所にも行ったことがないようなお父さんには、ここでの情報が大いに役に立っている」

 受けられるサポートは求めつつも「自助」や「共助」を考える。父子をめぐる厳しい環境ならではの動きともいえそうだ。山田代表TEL090(6836)1419。


「情けない男」と見ないで/二人分の頑張り 評価を

 父子家庭が孤立しやすいのは社会の視線がある。二人の話を聞いた。

 くらし面に二〇〇〇年、「元気いっぱい父子家庭」を連載した天野和昭さん(52)=広島市安佐南区=は今回の事件で、赤ちゃんがいるのを近くの人が知らなかったことが気になる。

 「妻と一緒だったら、夫も子どもをだっこして外出しても平気だ。しかし父子家庭になると周囲が『妻に逃げられたふがいない男』との目で見がち。それに耐えられず、家にこもっていたのではないか。父子に優しくない社会に大きな問題がある」

 「父子家庭を生きる」の著書がある春日キスヨ安田女子大教授(社会学)は、若者の間に広がるニュープアー(新しい貧困)層に注目する。

 生活力のない夫を見限った妻が、別の男性と一緒になって子どもを置いていくケースが増えると予想した上で―。

 「その子どもを自分で育てなくてはいけない夫も増えるだろう。その姿をネガティブに見るのでなく、一人親が二人分頑張っていると評価したい。意識を変えて父子家庭を支えていくような社会にしていかなければ、虐待も防げない」

「元気いっぱい父子家庭」はこちらで読むことができます。>>クリック

(2004.11.19)


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