「孫育てのとき」

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第4部 食の風景

4.紙芝居 −朝ご飯大切 親子へ伝言

合言葉は「まごわやさしい」


体験基に創作 広がる輪

 「こんにちは、紙芝居のおっちゃんです。みんな朝ご飯しっかり食べてきたかな?」。広島県坂町の保育園の庭に、張りのある声が響く。

 ハンチング帽の「おっちゃん」は同県府中町の主婦中村由利江さん(55)。三人を生み育てた母であり、二歳半の孫がいる「おばあちゃん」だ。一九九八年から紙芝居を携え、保育園などを回っている。この日は園児五十八人と地域の母子約三十組を相手に「おばーの朝ごはん」など三つの作品を口演した。

 子育てが一段落した一九九三年、公民館の嘱託職員になり、社会教育に興味を持った。テレビもまだ無い戦後の少女時代、街角の紙芝居に夢中になった。「あの紙芝居屋のおっちゃんの話術なら、赤ちゃんからお年寄りまで楽しませつつメッセージを伝えられそう」。独学し、自ら売り込んで県内外の学校を回りだした。

    ◇

 口演のレパートリーに「食育」が加わったのは二〇〇四年。食育キャンペーンを始めた広島県教委が「地域で考える教材を何か作って」と、中村さんも加わる府中町のボランティア団体「ゆめなか@情報局」に持ちかけてきた。半年がかりで制作した紙芝居が「おばーの朝ごはん」だった。

 主人公のモン太は毎朝、「おばー」と呼ぶ祖母のご飯を食べて登校する。おばーは豆、ゴマ、ワカメ、野菜、魚、シイタケ、イモの頭文字を取った「まごわやさしい」を合言葉に、ご飯を作る。ある日、通学中に同級生のカン太が歩けなくなり、病院に運ばれる。原因は栄養不足だった。おばーはカン太に朝ご飯をふるまう―という筋書きだ。

 作品の種は、中村さんの実体験だ。十年ほど前、家に泊まりにきた長男の友人が朝、突然立ち上がれなくなった。スナック菓子ばかり食べ、栄養バランスが崩れ、体に変調をきたしたのが原因だった。「食生活を甘く見てはいけない、と痛感した」と言う。

    ◇

 両親と夫、子ども三人との七人暮らしだったころは主婦として老若それぞれの口に合う食事を作っていた。「食材が乏しい中で栄養を取る努力をした昔と違い、今は飽食の時代。意識して作り、食べ物を選ばないと偏食になる」

 声色や身ぶりを交えた紙芝居が終わると、孫のような園児たちに語りかける。「おばーの合言葉、覚えたかな。帰ってお父さん、お母さんにも教えてあげてね」。子どもたちは「はーい」と大声で返事する。

 やりとりを後ろから保護者が見守っていた。二男(1)を抱いた主婦竹山みどりさん(30)=坂町=は「好き嫌いせず何でも食べてくれたらうれしい」。主婦前田瑞枝さん(30)=同=は「義父が野菜を作っている畑を今度、見せに行こうと思う」と話す。

 「紙芝居は、実は子どもの後ろにいる家族に向けたメッセージでもあるんです」と中村さん。紙芝居が食の大切さを訴える手段なら、「食は家族の愛情を表す手段だから」と言う。

 県教委を通じ、「おばーの朝ごはん」を県内の全小学校約五百五十校(広島市を除く)に配った。学校現場からは「給食の残飯が減った」「保護者の啓発こそ必要」といった声が届きだした。県教委は第二弾として、保護者向けの教材づくりを検討している。(森田裕美)

2006.6.1