「孫育てのとき」

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第3部 日本に暮らして

1.遠慮しないで・インド −他人行儀もったいない

自然体 教則本いらず


人生の知恵もっと教えて

 花見客が繰り出した広島市中区の京橋川沿岸で四月上旬、インド生まれの会社員デオラット・ワンジャーリさん(34)と看護師晴美さん(33)夫妻=中区=の長女さくらちゃん(1)の誕生会が始まった。色鮮やかな民族衣装のインド人仲間や日本人の知り合いなど約四十人がうたげの輪をつくる。

 「インドでは一人きりで過ごす子どもはいない」とワンジャーリさん。親や祖父母など家族か地域の誰かが必ず周りにいる、という。  人懐っこいさくらちゃんの笑顔に、晴美さんの両親、竹中澄さん(64)と美恵子さん(64)=中区=が目尻を下げる。

    ◇

 娘夫婦の家から一キロほど離れて暮らす竹中さん夫妻は、ウオーキングがてら毎日のように孫娘の顔を見に立ち寄る。育児休業中の晴美さんが美容院に行ったり、買い物に出かけたりするちょっとした時間、自宅に引き取って預かる。

 「自分の親だから安心して手放せるし、育児の悩みも気軽に話せるので助かる」と話す晴美さん。だが、祖母の美恵子さんは「さくらはあくまで娘夫婦の子ども。孫にべたべたし過ぎないように気を付けている」と戒めている。援助はしても過干渉は避けたい、と言うのだ。

 子育てに奮戦中のパパ、ママにとっては好ましい支援者に見えるが、ワンジャーリさんに言わせれば「日本の家族関係は他人行儀でとても不思議」なのだそうだ。

 以前、こんなことがあった。妻の晴美さんに「車持ってる?」と尋ねると、「持ってないけど、お父さんは持ってる」と言う。「インドでは家族の物は自分の物。家族なんだから」。結婚したわが子の家を親が勝手に出入りするのも当たり前。だから遠慮がちに訪ねてくる義父母の姿に、どこか水くささを感じてしまう。

 「お父さん、お母さんは人生の大先輩。孫育てや娘の家庭に口を出すのは当然でしょう。遠慮せずどんどん家に入ってきて、さくらにもかかわってもらいたいし、いろいろ教えてほしい」。晴美さんの育休明けにはもっと義父母に孫育てにかかわってほしいとワンジャーリさんは願っている。

    ◇

 核家族が定着し、祖父母など生活経験の豊かな年長者がそばにいない日本社会では、何かとマニュアルがついて回る。育児や孫育てのハウツー本や情報紙、子育て講座…。

 「日本人はとてももったいないことをしている」。そう言うインド人の会社社長クパンコン・ラーダクリシュナンさん(37)=中区=は、妻裕子さん(34)と長女タイラちゃん(4)、義父の宏さん(65)との同居生活が四年になる。「おじいちゃんが持つ生活の知恵を教わり、生かさない手はないでしょう」

 裕子さんは昨年暮れ、娘タイラちゃんとインドに渡り、夫の実家で三カ月間過ごした。現地でおおらかな育児風景に触れ、感動したと言う。「息の乱れから子どもの体調を察し、庭から薬草を取ってきて含ませる。祖父母や親類も含めてみんなで知恵を出し合い、何とかする。説明書がないとお手上げじゃなくて、自然体で子育てをしている」

 おじいちゃんと過ごす時間の多いタイラちゃんは大人びた言葉も使う。「はあ済んだけえ」「(私が)こしらえます」。広島弁はすっかり、まな娘に追い抜かれた格好のラーダクリシュナンさん。「これもおじいちゃん効果」と目を細めている。(森田裕美)


 日本社会の「孫育て」事情は、外国を知る人々にはどう映っているのだろうか。第三部では、一歩引いて家族の在り方を見つめ直してみる。

2006.4.28