■ 感動分かち合いたい ■ 対談 産む立場・支える立場
育児サークル「fam」代表 五十部紗代さん |
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いそべ・さよ 23歳。広島市中区で夫、1歳11カ月の長男と暮らす。妊娠5カ月。「fam」は、インターネットの会員制サイトで呼び掛け、会員は今、約300人。中区を中心に絵本や手遊び、子どものための食の勉強会などで交流を深めている。 |
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梅田病院院長 梅田 馨さん |
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うめだ・かおる 65歳。1966年関西医科大卒。同大助手、梅田病院副院長などを経て、83年から院長。梅田病院は97年、国内で7番目に「赤ちゃんにやさしい病院」に認定。光市おっぱい都市宣言の提案者でもある。光市で妻と2人暮らし。 |
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● おっぱい 最高の安定剤 −梅田さん● 産む瞬間は気持ちいい −五十部さん
―梅田病院は「赤ちゃんにやさしい病院」に認定され、おっぱい育児を進めていますね。
梅田 おっぱいは飲んで、なめて、触って、においをかいで…。赤ちゃんにとって最高の安定剤なんです。
うちでは赤ちゃんが生まれたら、へその緒が付いたままうつぶせにして、お母さんの胸に置き、肌と肌を接してもらう。「カンガルーケア」です。二時間ぐらい分娩(ぶんべん)室で過ごします。
僕たちも間違えていたんですが、赤ちゃんは生まれたら「ぎゃー」と大声で泣き、「元気な子ですよ」って言うでしょ。あれは本当はおびえてるんです。お母さんの胸に置くとうそみたいに静かになる。赤ちゃんには、そこが世界に一つしかない安全地帯なんです。
その後も「母子同床」で過ごしてもらう。添い寝の練習です。そしておっぱいを一日に七、八回あげて、なめる刺激を与えていると、三日目ごろから本格的な飲むおっぱいに変わる。赤ちゃんを信じて、おっぱいを信じるだけなんです。
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いいお産について語り合う梅田さん(左)と五十部さん(撮影・宮原滋) |
―五十部さんは、どんなお産でしたか。
五十部 山口市の夫の実家で「自宅出産」しました。出会った市内の助産師さんは、昼に健診に来て、夜まで世間話に付き合ってくれるような人。妊娠中にお互いの人間関係が深まり、不安なく、お産の準備ができました。陣痛が始まって痛い時も「いい陣痛だね」と褒めてくれて。子どもが出てこようとする力をものすごく感じられて、お産は楽しかった。子どもが出てくる瞬間は気持ち良かったです。
楽しい気持ちのまま育児に入りました。おっぱいをあげる流れも自然。おっぱいは泣けば、あげればいいと思い、足りないかどうかは全く心配しませんでした。
梅田 すごいね。こんな話を聞くとみんな産みたくなるね。ところが今、世間ではお産は「鼻からスイカが出るほど痛い」とか、訳の分からない恐怖を植え付けられている。
五十部 サークルのほかのメンバーと話しても、病院で産んだ人は「部屋がきれいで、ごはんもおいしくて、看護師さんは親切で入院生活は楽しかった」という感想が多い。でも、「お産が楽しかった。すごく良かった」と言う人はほとんどいないですね。
―現在のお産をめぐる環境に、何か問題があるんでしょうか。
梅田 五十部さんの場合、いい意味でチンパンジーに近いと思います。本能で慈しみながら抱き締めている。そうすると母乳も愛情もわく。
病院では、機械的に、管理分娩になりがちです。五十部さんの話を聞いていると、産む人の個性から何から頭に入れた助産師さんが、ずっとそばで見ているアナログ式の管理の方がいいのかもしれないという気がしてきますね。
五十部 私も最初は産婦人科に通い、そこで産むつもりでした。でも、機械的で、健診のため何度通っても、顔と名前を覚えてもらえないのが嫌だなと感じて。私は妊娠がうれしくて一緒に喜んでもらいたいと思っているのに、病院にしてみれば、「一患者」でしかない。帰ったら忘れられるというのが寂しいんです。
● 夜昼ない対応がベスト −梅田さん● 病院 もっと情報提供を −五十部さん
―今、産科医師は全国的に不足しています。その影響もありますか。
梅田 うちのような個人病院と、緊急医療に対応できる二次、三次の医療機関との連携が大切。しかし最近は診療がハードで、二次、三次機関に患者を受け入れてもらいにくくなっている。そのため辞めざるを得ない一次の病院もある。
今、動きだそうとしている「集約化」は、近くの個人クリニックで健診して、地域の拠点病院で出産するという仕組みだが、産む人には迷惑が掛かるね。産む施設が遠くなりますから。
それに、医師不足が進んだりすると、堂々と管理分娩が優先される。「夜のお産は危険だから、昼間にやっておこう」というふうに、計画分娩のようになってきている。だが、人工的なお産はトラブルも多い。柿の実が熟して落ちるのをすっと受けるように、夜昼なしに自然に出産するのがベスト。医師としては、優しいお産をさせたいなあ。目標はピンクの赤ちゃん。無理をしなかったら、赤ちゃんって本当にピンクなんです。
―産む側はどうしたらいいのでしょうか。
五十部 産院選びでよく聞くのは、「あそこの病院、おしゃれだったよ」「おみやげに産声のテープくれたよ」という勧め方なんです。そうした選び方ではなく、私たちも、もう少しお産そのもののよさを大切にしないといけないんじゃないのでしょうか。
それに、私たちも「産ませてもらう」という意識ではなく、病院も「産ませてやる」というのでなく、産む側と介助する側が一緒に感動を共有するようなお産がいい。お産そのものの情報提供も、もっと必要ですね。
梅田 きれいな病院でおいしい料理食べてっていうのは、お産における本当の快適さじゃない。お産本来の子どもを生む喜びや力こそが大切で、それを探っていかなくちゃならないね。私たちも、お母さんたちと同じ目標を持って、感動を分かち合えればいい。
光市は「おっぱい都市宣言」をして、行政も母乳育児を応援している。それでもまだ、みんながその意味をすっと理解するまでには至っていません。まずはここ光から、母乳育児のよさ、いいお産についてもっと情報を発信していけるようになりたいですね。(聞き手・平井敦子)
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赤ちゃんにやさしい病院 医学的には必要がないのに母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与えない▽母子同室にする―など、厳しく定めた「母乳育児を成功させるための10カ条」を実践している産科施設。世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)が認定する。国内では43施設、中国地方では梅田病院を含む5施設が認定されている。
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光市のおっぱい都市宣言 「私たちは、おっぱいをとおして、母と子と父そして人にやさしいまち光をつくります」で始まる全国でもユニークな宣言。95年、光市議会で可決された。大和町との合併後も、05年にあらためて可決された。母乳育児の啓発にとどまらず、子どもとの触れ合いを大切にした心豊かな子育てを目指す。母乳だけで育つ子どもの割合を示す母乳栄養率(3カ月健診時)は光市では05年は68・8%で、厚生労働省が調査した全国の38・0%を大きく上回る。
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