荷が重すぎる極刑判断 【社説】 立ち直りの道を断つのは重くてつらい判断だったに違いない。裁判員裁判で初めて少年に死刑が宣告された。 宮城県石巻市の3人殺傷事件をめぐる仙台地裁の判決である。被告である19歳の少年は、元交際相手の少女宅に押し入って少女の姉と友人を刺殺、男性1人に重傷を負わせた。 少年事件であり、被告が更生できるかどうかが焦点だった。少年法では、罰よりも再び過ちを繰り返さないような処分に重きを置いているからだ。 裁判員との評議を踏まえ、裁判長は「反省は表面的で、更生できる可能性は著しく低い」と述べた。さらに、当時18歳だったことは「死刑を回避できる理由にならない」として極刑を言い渡した。 同じ18歳の少年による光市の母子殺害事件で、最高裁が無期判決を破棄した判断に沿った形だ。 少年事件の審理は、少年の人格や生活環境を十分把握して結論を導かねばならない。そのために少年鑑別所の報告書や家裁の少年調査票を読み込む必要がある。 ところが、裁判員裁判は公判前整理手続きで争点を整理し、審理は法廷でのやりとりが中心となる。短期間で裁判員に分かりやすく進めるためである。 今回は公判を5日連続で開いた。検察、弁護側双方が調査票などを証拠申請して読み上げたが、わずかな時間だったとされる。 検察官が取り上げたのは家裁調査官の意見書。「児童期に家庭が崩壊。思いやりの気持ちが育っていない」として刑事処分が相当と結論づけた部分だった。一方、弁護側は鑑別結果報告書の「年齢が若く、可塑性がある」という部分を読んだ。 いずれも結論を導き出した調査資料までは示さなかった。裁判員たちがどこまで少年の心にアプローチできたかとの疑問は残る。 実際、判決後に会見した弁護士は「少年の変化や証拠調べを裁判員にどこまで分かってもらえたのか。限界を感じた」と語った。集中的な審理で判断を下す仕組みへの懸念でもある。 少年事件での極刑判断に向き合った6人の裁判員たちの負担も並大抵ではなかったろう。会見に応じた2人は「一生悩み続けると思う」「(判決を出すのが)怖かった」などと打ち明けた。 司法への国民参加をうたった裁判員裁判。死刑判断や少年事件に市民が向き合い、そのあり方も含め問い直すことに意義はあろう。 ただ、精神的なケアだけでは容易に癒やされないような重い荷物を裁判員が背負い込まされるとしたらどうだろう。 審理の公正さがどこまで貫けるか、裁判員に重すぎる負担をかけてはいないか。その両面から裁判員裁判を検証し、対象とする事件の範囲を見直すことも必要ではなかろうか。 気になるのは、今回も評議の内容が明らかにされなかったことだ。国民的な議論を行うためには情報公開が欠かせない。 (2010.11.26)
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