箱庭療法に取り組む医師 紫英人さん(福井) 福井県鯖江市にある小児科・内科「ともだち診療所」。院長の紫英人さん(38)は、風邪や痛みなど一般診療のほかに、不登校の子どものために「箱庭療法」を手がけている。同時に診療所そばの真宗大谷派円立寺の住職。「ともだち」の名前は「倶会一処(くえいっしょ)」の倶が「とも」と読めることから名付けた。「ありのままの自分を大切にして一緒に生きていこう」との願いを込めた診療所を訪れた。(串信考) 砂遊び通し心を開放 JR北陸線鯖江駅からタクシーで十五分。カウンセリング室にはいろいろなおもちゃが置かれ、ほっとする雰囲気があった。 紫さんは「箱庭療法は、砂遊びを通して子どもの心を開放し、自分で自分を癒やす力を掘り起こしていくのが目的」と話す。何らかの理由で心と体の調子を崩し、学校に行けなくなった小中高生たちが、主に学校の先生の紹介で訪れる。
雑然と模型配置 原因不明の腹痛を訴えた十二歳の中学生。最初の箱庭作りの時、兵士や戦車の模型を砂箱に雑然と置いた。本人は「戦いをしているんだ」と言う。その生徒が付けた作品名は「紛争」。二回目では人形の配置が二つのグループに整理される。タイトルは「挟み撃ち」。 三回目になると、自分たちの墓を守る日本軍が、アメリカ軍と戦う―というストーリーが生まれる。少年はぽつりと言った。「英語塾の先生がアメリカ人だけど、その先生の言っている英語がさっぱり分からない」 このころから学校に行くようになった。腹痛があると保健室で休むなど痛みと上手に付き合うようになった。 「救出」がテーマ 四回目は「終戦」。その後、一時、不登校になったが、最後に作った作品は「救出」だった。「学校でのごたごたや塾での葛藤(かっとう)などを自分から語りながら心の混乱に整理をつける。それでもやはりいやなことはあるけれど、自分で自分を救出する、ということを知ったのだろう」 その中学生のように箱庭作りに自発的に取り組むのは、訪れた子どもの三、四割。関心を示さない場合は対応が難しい。紫さんはいきなり家族構成を聞くことはせず、とにかく一緒に遊ぶことを心掛けている。将棋、人生ゲーム…。「子どもと心が通い合うのは何か方法論があるのではなく、たまたまぴたっと合うものが見つかった時にそうなる」 紫さんは円立寺で生まれ、十二歳で得度。福井大医学部を卒業し心臓血管外科医になったが、激務が続き疲れ果てた。二〇〇〇年、医師をやめるつもりで京都市にある大谷派の教学施設「大谷専修学院」に入学した。 やりたい医療を そこに講師として訪れた小児科医の梶原敬一さんとの出会いが転機になった。梶原医師も僧侶。精神科の領域とみられていた箱庭療法にあえて挑戦する姿に心を揺さぶられた。医師はこうあるべきだという思い込みにしばられていた。やりたい医療は自分でつくればいいんだ―。 それまでの経験を全部捨てて、一からやり直すつもりで梶原医師が働く病院に勤めた。福井県敦賀市の国立福井病院(現在の国立病院機構福井病院)を経て、昨年十月に郷里の鯖江市で開業。父の順英さん(66)から住職を任され、寺の仕事と診療のやりくりに悩むが、ジレンマを感じることで学べることもある。 「浄土は、あの世のことと考えられているが、私は生きているこの世こそ浄土にならないといけないと思う。誰もが気安く集まれる公民館のような診療所でありたい」
(2009.3.30)
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