【社説】 また妊婦の命が失われた。医療施設の充実している東京都内で、八カ所の病院に救急の受け入れを断られた末である。原因を徹底的に調べて、こうした悲劇を二度と繰り返さないようにしなければいけない。 妊婦は吐き気などを訴え、かかりつけの医院を訪れた。対応できず、複数の大病院に受け入れを求めたが、断られた。いったん拒否された都立墨東病院に受け入れられた時は既に一時間ほど過ぎていた。出産後、脳内出血の手術を受けたが、三日後に亡くなった。 墨東病院は、都の「総合周産期母子医療センター」に指定されている。スタッフをそろえて高度な医療で妊婦や新生児の命を守る「最後のとりで」のはずだった。 しかし、九人いるべき産科医師は四人。研修医ら非常勤の十一人を含めて当直をこなしていた。その日は週末で、当直は一人態勢。基本的に急患は受け入れていなかった。とても「総合センター」として十分な態勢とは言えまい。期待された役割と現実との間に大きなギャップがあった。 病院内部の連携にも疑問が残る。緊急手術や救命措置など専任の医師が二十四時間態勢で対応する「ER(救急診療室)」の機能を持つだけに、もし横の連絡があれば、もっと早く受け入れることができたのではないか。 妊婦の死亡は、おととし奈良県でも起きた。意識不明になり、二十近い病院に受け入れを断られた後だった。医師も病院も不足しがちな地方の悲劇とみた人もいただろう。それだけに大都市東京で同じことが起きた衝撃は大きい。 気になるのは、医療機関が情報を共有できていたかである。「頭痛で七転八倒と伝えた」とかかりつけ医側は話すが、受け入れ側は最初は脳内出血と認識していなかったという。意思疎通が不十分だったことは間違いなさそうだ。 急を要するかどうか、どういう専門医が診るべきか。情報を整理してスムーズに判断できる「司令塔」的な機能が欠けていたのではないか。拠点となる病院か消防か、どこかに持たせる必要がある。大阪府の例が参考になりそうだ。リスクのある妊婦をどこに緊急搬送するか、調整する医師を中核病院に置いている。 構造的な問題もある。医師の絶対数が不足していることだ。特に産科は、他の診療科に比べ、過酷な勤務を強いられ、訴訟のリスクも高いため、志望する医学生が減っている。国は、ようやく医学部の定員を増やす方針に転じた。実効性ある施策を講じてほしい。 広島県でも、産科医師は慢性的に不足している。県が指定した二カ所の「総合センター」など拠点病院では、昼夜を問わず仕事に追われ、ギリギリの人数で何とかしのいでいる実態もある。このままでは先行きが心もとない。専門医を長期的にどう確保するか、対策が欠かせない。緊急時の病院間連携についても、あらゆるケースを想定して、日ごろからチェックしておきたい。 (2008.10.25)
【関連記事】 |