中国新聞


広がる法教育
小中高生、日常通じ社会ルール議論


 身近な場面から社会のルールについて議論し、日常生活に必要な判断力や表現力を身に付ける「法教育」が注目されている。来年に始まる裁判員制度を控え、法曹や教育関係者らが連携を進め、広がりつつある法教育の現状と可能性を探った。(久行大輝)

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「ジュニア・ロー・スクール」が開かれた広島弁護士会館。広島弁護士会は学校現場での普及を目指し、教育関係者と連携を進めている(広島市中区)

 「生活していて、どんな『責任』があるか考えてみよう。誰が誰に対して、どんな責任を負っているの?」

 広島弁護士会がこのほど、広島市中区の広島弁護士会館で開いた「ジュニア・ロー・スクール」で、基町高(中区)の河村新吾教諭(47)が切り出した。授業は中学生二十二人が六グループに分かれ、テーマに沿って議論する形式。弁護士七人もアドバイスした。

 「常識で考えて」

 あるグループは「私は友人と映画を見ることになっている」というテーマで意見交換。「どんな責任があるか」と問い掛けられると、「映画を一緒に見に行く責任」と答えた。「誰が、誰に対してか」という質問には、「私が友人に対して」と答えると同時に、「友人が私に対しても」と付け加えた。

 多様な消費者問題を視野に入れたテーマも。ゲーム購入を例に、契約がどの時点で成立するかについて討論した。河村教諭は「難しい法律の条文を知らなくても、常識で考えてみて」と語り掛け、契約は申し込みと承諾により双方が合意して成立し、権利と義務を生むことなどを説明した。

 架空の窃盗事件を題材にした模擬裁判も開いた。井上祐司弁護士(29)は「判決は、勉強と違って正解がない。相手の意見を尊重するなどして、よりよい結論を目指すことが大事」と呼び掛けた。

 受講した三原市の第三中三年吉田奈穂さん(15)は「自ら選び判断する大切さを感じた」。「意見交換を通じて結論を導く過程が楽しかった」と、ノートルダム清心中三年黒部里穂さん(14)。同級生の岡田貴琳さん(14)も「日ごろ、何げなくしている『契約』について考えることができた」と目を輝かせた。

 法教育は、法務省が力を入れ、全国の小中高校で広がりつつある。新学習指導要領には、裁判員制度を意識した法教育の充実が盛り込まれた。

 現場では手探り

 これまで、学校現場では憲法や裁判の仕組みなど知識の習得が中心。これに対し、法教育は、法的なものの考え方を自ら考え、ルール作りなどを通じて体験的に学ぶ。

 例えば、「ルールとは何か」を考える時、体育館を使う優先権をめぐり、バレー部とフットサル部がもめた場合を想定。「どんなトラブルが起こるか」「何が原因か」などと議論を深め、相手を尊重しながら実現可能な守るべきルールを一緒に考えていく。

 ただ、学校現場で法教育はまだ手探りの段階。ある中学校教諭(51)は「重要性は感じるが、法律の知識の乏しい教員が授業するのは相当の準備が要る」と不安を漏らす。広島弁護士会の西本聖史弁護士(34)は「教員が法律の専門的な知識を持つ必要はなく、日常のルールを基に、生徒らに考えさせるのが大事」と強調する。

 広島司法書士会も高校で消費者問題の出前授業をし、三月には法教育シンポジウムを開いた。田川昭夫会長(55)は「契約社会では思考力や判断力、表現力が試される。自分を守る力を身に付け、トラブルに巻き込まれたら適正に対処する必要がある」と呼び掛ける。

 法教育は「未来の裁判員」を育てるだけではなく、社会に主体的にかかわる人材を育てる可能性も併せ持っている。


クリック 法教育 法律の専門家ではない一般の人が、ルールづくりや司法制度、憲法の意義などを学び、法的な考え方を身に付けるための教育。特に高校生以下が対象。法務省は、法教育のあり方を検討しようと、2003年に「法教育研究会」を設立。05年には「法教育推進協議会」が発足し、法曹界と教育界が協力して、教材作りなどを通して普及に取り組んでいる。日本ではなじみが薄いが、米国では青少年犯罪の増加や、ウォーターゲート事件(1972年)などによる政治不信の高まりを受けて、民主主義の基本を再認識する授業として広まった。

二階堂年惠・広島文化短大准教授に聞く
生活支える「法」理解を

 先進地・米国の法教育について学んだ広島文化短大(広島市安佐南区)の二階堂年惠准教授(41)=社会科教育学=に、意義などを聞いた。

 ―従来の学校現場での法に関する教育とは何が違うのですか。

 これまでは憲法の理念や国の制度を学ぶことに重点が置かれてきた。身近な生活を支える法の大切さや法を守る意義、公正に問題を考えて解決していくための法的な知識・技能の育成がなかった。

 ―なぜ、法的な考え方を身に付けることが必要ですか。

 法は人の価値判断の基準となるもので、正当性が認められた規範。法の理念(公正さや正義)を理解し、その理念を反映した法的な判断基準に沿って、公正に問題を解決することを学ぶのは、民主主義社会を実現する市民を育成する基盤であり重要だ。

 ―小学生からでは、難しくないですか。

 小学生も家庭や学校で、「約束は守らなければならない」「廊下は走らない」などというルールに囲まれて生活している。それは社会生活上の必要性があるからで、その理由を、まずは子どもたちと一緒に考えてみることが大切だ。

 ―そうしたことを考えるのが、法教育ですか。

 法は当たり前にあるもので、必要性や大切さまで意識していない。身近な生活の中に法があるのは何のためなのか。問題が起きたときに、いかに法的に公正に解決するか。小学校段階では、法が社会で果たす役割を学んで、法が身近な生活を支えていることを理解してもらいたい。

(2008.9.1)


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