中国新聞


赤ちゃんポスト 「10ヵ月で17人」どう見る
福祉専門家2氏に聞く


 親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」。乳幼児の遺棄や虐待が後を絶たないなか、子どもの命を救おうと熊本市の慈恵病院が昨年五月に国内で初めて設置して一年になる。二十日には、今年三月末までの十カ月間で中国地方からの二人を含む十七人の預け入れがあったことが公表された。この実態をどう読み解くのか。どんな対策が必要なのか。児童福祉の最前線にいる専門家に聞いた。(平井敦子)


■遺棄救った可能性 サイン察知産科の役割
 臨床心理士 新宅博明さん=広島市西区

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しんたく・ひろあき 1944年生まれ。広島市児童相談所長を経て、比治山大短期大学部教授を務め、4月から同学部非常勤講師。

 十カ月で十七人が赤ちゃんポストに預けられたのは、多いと感じる。新たな施設ができたことで、子どもを預けるということのハードルが低くなった可能性はある。「育てられない」人たちだけでなく、「育てられるけれど、育てたくはない」という人たちも子どもを預け始めたのか、という疑問は残る。

 ただ、いずれにせよ子どもの命は守られている。堕胎されず、遺棄されず。嫌々育てられ、虐待され、その上に殺されるよりは、どう考えてもプラスだ。一般の人たちは、そんな悲惨な状況は思い描きにくいかもしれないが、ひどい目に遭っている子どもたちがいるのが現実だ。

 十七人の親たちはなぜ、預け先に赤ちゃんポストを選んだのか。役所には行きにくいのではないか。聞かれたくないことを聞かれ、言いたくないことを言わなくてはならない。非難され、叱責(しっせき)され、育てるよう説教されるかもしれない。それより、自分が何者かを隠したまま預けたい―。そう思ってもおかしくはない。

 中国地方、さらに関東地方からも、遠い熊本まで預けにいくには、自分の手元に置けない、よほどの事情があるからだろう。これまでの経験で言えば婚外子や十歳代での出産などが考えられるが、いずれにせよ育てられないのだから、ポストがなければ遺棄された可能性も否定できない。

 子どもを育てられないと感じる親にどう対応していくか。そのサインをキャッチする第一線は、妊娠、出産の現場である産婦人科だろう。育てることが可能かどうかを尋ね、関係機関につないでほしい。

 赤ちゃんポストに預けられた子どもたちをどう受け止めていくか。「子どもがポストに入れられたと知ったらかわいそう」と周囲が思うのは、いらぬ憶測で、偏見だ。経験上、養育者と子どもの関係がしっかりできていて、思春期をはずして告知をすれば、子どもは事実を受け止められるし、一過性の心の揺れで収まるだろう。


■数の多さ想像超す 児相の敷居高いのかも
 広島市児童相談所長 磯辺省三さん

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いそべ・しょうぞう 1951年生まれ。広島市社会局保護担当部長を経て、今年4月から市児童相談所長。

 子どもを育てられない場合に相談を受け付ける児童相談所は全国各地にある。それなのに十カ月間で全国から十七人もの子どもが赤ちゃんポストに預けられ、数の多さに驚いた。中国地方からの二人もいて、私たち児童相談所の役割をあらためて考えさせられている。

 広島市児童相談所の場合、産んですぐに育てられないという相談はほとんど寄せられていない。あるのは、妊婦健診を一回も受けたことのない人が産むとき初めて病院を訪れる「飛び込み出産」のケースで、関係者を通じて相談がある。それが年五、六件だろうか。

 一方で、乳幼児の遺棄事件は、今月二十二日に西区の川に生後間もない女の赤ちゃんが捨てられた事件を含め、一九九九年以降四件になる。児童虐待の相談・通告の件数は昨年度は三百八十五件に上り、子どもたちを取り巻く環境は厳しい。

 子どもたちを守るためにも、育てられないと訴える親の支援が必要で、児童相談所では経済的な支援制度も紹介している。生活保護制度を利用すれば、母一人、子一人の世帯で一カ月当たり十数万円をもらえる。借金がある場合は自己破産の制度もある。

 ただ、相談すること自体の敷居が高いのかもしれない。個々の事情をきちんと聞く姿勢が私たちの側にあるのかどうか、もう一度見直す必要がある。秘密を守り、一緒になって問題を解決していく精神が大切だ。

 赤ちゃんポストの特徴は匿名性だが、その匿名性ゆえに親子が離れ離れになってしまうという課題がある。親にとっても、本当にそれでいいのかどうか。

 今回、中国地方も含め遠くからわざわざ熊本まで預けに行ったのは、真剣に悩み、子どもの行く末を案じた結果かもしれない。少なくとも、子どもの安全を思いやっての行動と受け取れる。もしも、児童相談所で顔と顔を突き合わせ、解決策を考えることができたなら―。一人でも、親子が離れ離れにならずに済んだケースがあるんじゃないかと、残念に思えてならない。


クリック 慈恵病院の赤ちゃんポスト 事情があり親が育てられない乳幼児を受け入れる。人目につきにくい病院東側に扉(縦45センチ、横60センチ)を付け、乳幼児を寝かせるスペースを設置。預け入れがあるとセンサーが感知、看護師らが駆け付ける。設置を許可した熊本市によると、3月末までの預け入れは男児13人、女児4人。生後1カ月未満が14人、1カ月から1歳未満が2人、1歳から就学前までが1人。父母らの居住地は、九州地方3人、中国地方2人、中部地方2人、関東地方2人、不明8人。親が引き取りにきたのは1人だった。

(2008.5.24)


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