中国新聞


発達障害も対象 サポート工夫
広島の井口明神小にみる
「特別支援教育」2年目


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井口明神小の通級指導教室で授業の準備をする教諭。マジックミラー(左)の奥に「観察室」がある

 障害がある幼児や児童、生徒の自立に向け適切な指導を目指す「特別支援教育」が学校などでスタートし、二年目に入った。学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)など発達障害が新たな支援対象となり、教育現場も変化が求められている。発達障害の子どもたちに対応する個別指導教室を増やした広島市西区の井口明神小(瀬川照幸校長)を訪ね、実践をみた。

 ▽保護者用に見学設備

 校舎四階の教室には、特別な仕掛けが施されていた。広さ十平方メートルほどの正方形のスペースの真ん中にテーブルと、いすが二つ。落ち着いた色調の壁に囲まれ、その一面に大きな鏡が取り付けられている。

 「マジックミラーです」。担当の女性教諭(44)が、ミラーの裏の「観察室」に通してくれた。子どもを送り迎えする保護者たちが、授業の様子を見学できるようにとの工夫である。

 ▽自信を引き出す

 普段は通常学級で学ぶ発達障害の児童たちが、規定の時間だけ通って個別の指導を受ける「通級指導教室」。同様の教室がない区内や隣接区の小学校からも、障害などの児童を受け入れる。昨年四月の特別支援教育のスタートに合わせて新設し、本年度は二室に増やした。

 集中して学べるよう防音仕様の室内で、二年生の女子児童が「授業」を受けていた。女性教諭と一緒にオセロや間違い探しを楽しむ。「こうしたらどうなるんだっけ」「勝ったらどう言おうか」。優しい問い掛けに児童も笑顔で答える。

 「遊びに見えるでしょう」と女性教諭。「でも、ここに来る子の多くは、ルールや勝ち負けなどクラスメートが分かっていることを理解できず、苦しんでいるんです」。通常学級で見過ごされがちな課題を見つけて補う一方、長所を生かして自信を引き出す学習を重ねる。

 文部科学省は二〇〇二年、発達障害の可能性のある児童生徒が小中学校の通常学級に6・3%の割合で存在すると推計。特別支援教育の導入時には、各学校に「特別支援教育コーディネーター」の配置や「校内委員会」の設置、支援が必要な児童、生徒の実態把握、個別の指導計画の策定などを求めた。

 ただ、支援を必要とする児童、生徒のいるすべての学校、クラスで実のある取り組みを進めるには限界がある。

 広島市教委は〇五年度から、通常学級で発達障害児らの学びをサポートする「特別支援教育アシスタント」を配置。昨年度は公募に応じた約二百人を現場に送り込んではいる。

 ▽実態把握進まず

 しかし、発達障害児の指導に経験豊富な人材は慢性的に不足しているのが現実。障害児の通級指導教室のうち、発達障害を対象とする教室は井口明神小の二室を含めて市内の五校七教室にとどまる。市教委は「八つの区に最低一カ所ずつはそろえたい」とするが、予算化のめどは立っていない。

 支援の入り口となる実態把握も難しさがつきまとう。市内で把握できた発達障害の可能性のある児童、生徒は全体の1%余り。国の推計とは大きく隔たる。市教委は「数字を強調し、障害児探しをあおっては本末転倒」とジレンマを説く。

 それでも、井口明神小の通級指導教室では、増室後も「待機児童」がいるという。専門家への相談を勧めても親が受け入れないなど、教師が必要と感じても支援に至らないケースもある。

 笑顔を浮かべる女子児童。「うちの子はほんとに救われてます」。ガラス越しに見つめていた母親(38)はこう実感を込め、続けた。「同じ障害の子がいるのに、この教室の存在を知らない親もいる。子どもたちが自分に合った教育を受けられるようになればいいのですが」(松本大典)


クリック 発達障害 読み書きや計算など特定分野の習得が難しいLD、集中できず、じっとしていられないADHDのほか、対人関係が困難などの高機能自閉症、アスペルガー症候群などを含む。脳機能障害と推定されるが外見で分かりにくく、専門家でも診断が難しいとされる。特別支援教育では、従来の「特殊教育」の盲、ろう、知的障害、肢体不自由、病弱、言語障害、情緒障害の7障害に加え、支援の対象とした。

落合俊郎・広島大大学院教授に聞く
学校現場は発想転換を

 広島大大学院の落合俊郎教授(57)=障害児教育=に特別支援教育の現状と今後の方向性などを聞いた。

 ―特別支援教育元年だった昨年をどう振り返りますか。

 文部科学省は特別支援教育の理念の中で「共生社会」を目指すとうたっている。でも学校現場では発達障害の子を前に大変だ、困ったという視点が先に立つ。発想の転換が必要だ。

 ―発想というと。

 一言で言えばインクルージョン。特別な教育をなるべく通常学級でやるという考え方だ。特別な教育を特別な場所で続けてきたのは日本だけではないか。

 ―具体的にどう転換するのでしょう。

 (小中学校の通常学級にいる発達障害の可能性のある子どもは)よく6・3%といわれるが、支援の必要な子はもっといる。単に授業についていけない子や学校に来たくない子たち。一人一人のニーズに応じる特別支援教育の本質を突き詰めていく視点が大事。そうすれば、すべての子の課題にも向き合うことになる。

 ―条件整備も必要では。

 先生は孤軍奮闘している。暴れる子がいれば授業は進まない。級友は緊張し、親からの苦情もあるだろう。個に応じた教育を進めるための教員の増員や施設の整備などに、国はもっとお金をかけるべきだ。ボランティアの活用も市民意識を高める意味で意義がある。

 ―意識や取り組みは根付くでしょうか。

 私は先生を脅して歩いている。「あすはわが身の障害者問題」と。クラスで誰かを排除すれば、その場にいた子が大人になって同じことをする。その相手は同級生ではなく、高齢者になった先生たちだ。教室は未来の社会。学校から社会を変えていく実感を現場に植え付けたい。

(2008.5.12)


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