小中一貫教育 在り方を模索 校区間格差など懸念も 府中市で四月、広島県内の公立校では初めて小中一体型校「府中学園」が開校し、全市で推進する小中一貫教育が本格的にスタートする。小中一貫を模索する動きが各地で広がる中、市独自の取り組みが義務教育の在り方を考える試金石となるのか、注目される。 市中心部のJR府中駅の北約五百メートル。日本たばこ産業(JT)府中工場跡の約二・八ヘクタールの敷地に、府中学園の校舎は立つ。昨年九月からは既に府中二中の生徒が通っているが、四月からは、新しくできる「府中中」の生徒と、周辺四小が統合する「府中小」の児童が同じ屋根の下で学ぶことになる。「府中学園」はその学びやの総称である。児童生徒で千人規模となる一体型校舎は、全国的にもまれだ。 校舎は昨夏完成し、鉄筋三階建て延べ約一万三千五百平方メートル。間仕切りの少ない小学校教室、教科で分かれる中学校教室、小中共用の図書室などを整備した。交差点を隔てて北東側の府中二中の旧敷地(約二・一ヘクタール)を歩道橋で接続。敷地では、中学校体育館の建設などが急ピッチで進む。
▽小中間に風穴 小中一貫教育の導入のきっかけは二〇〇二年七月にさかのぼる。JT工場の二年後の閉鎖が判明し、市は跡地利用策を検討。周辺の小中学校の老朽化や少子化、教育改革などを理由に〇三年、小中の一体校の建設構想と併せて発表した。 市教委によると、導入の最大の狙いは「中一ギャップ」の解消にある。中一ギャップとは、児童が中学校に進んだ段階での不登校数の増加などを指す。広島県教委によると〇六年度、県内公立校での不登校は小学六年で二百三十三人。一方、中学一年では約二・五倍の六百人と膨れ上がる。 市教委の目崎仁志教育長は「義務教育をひとまとまりととらえ、学力の定着も図る必要がある」と説明する。児童生徒、小中の教員がかかわりを深め、学習、生活指導の両面で小中間の壁に風穴を開けよう―との考えだ。 小中一貫を模索する動きは全国で広がる。文部科学省によると二〇〇〇―〇六年度、同省の研究開発学校の指定を受けた自治体は二十八。〇六年七月時点で、五十一自治体が内閣府指定の教育特区となった。政府の教育再生会議も昨年末、小中一貫教育校の制度化を盛り込む報告をまとめた。 ▽研究進む呉市 広島県内では呉市が二〇〇〇―〇六年度、研究開発学校の指定を受け、いち早く小中一貫を研究している。義務教育の九年間を「四・三・二」の三期に分けて近隣の小中で一貫教育を試みる「呉中央学園」を昨春に開校。将来は全校区、全教科での実施をにらむ。中国地方では松江、出雲両市が、いずれも特区指定などを受けていないものの、モデル校での成果を全市に広げる考え。「小中一貫」をうたわず「小中連携」を進める地域も多い。 府中市も国の特例措置は受けていない。初めから学習指導要領の枠内で、かつ全市域で一斉に取り組んでいる点が大きな特徴だ。五つある中学校区の小中学校の位置関係により、(1)一体型(府中学園)(2)併用型(小中学校が隣接、または離れている)(3)連携型(小中学校が離れている)―の形態に分類した。 〇四―〇七年度を試行期間とし、教員が学習の継続性を常に重視するよう、全教科の全単元に「既習事項」「上級学年・中学校との関連」などの項目を加えたカリキュラムを作製。中学の教員が小学校で教える乗り入れ授業や小中の合同授業も展開した。成果を基に、四月からの本格実施に臨む構えだ。 ▽教員の負担増 府中一中では毎週、数学の教員四人が周辺の四小学校で乗り入れ授業を進めてきた。昨春の調査では「中学校の先生が来てどう感じるか」との問いに、授業を受けた子の94・5%が「良い」「まあまあ良い」と回答。「授業が面白くなった」などの意見もあった。 不登校の数字にも変化が見られる。一貫教育との直接の因果関係は不明だが、一九九九年度以降に増加していた市内の不登校の小中学生は、〇四年度の計六十四人をピークに、〇五年度(四十九人)、〇六年度(三十六人)と減少したとのデータがある。 一方で、急速な「教育改革」への戸惑いや課題を指摘する声も少なくない。一つは、府中学園とそれ以外の中学校区との格差である。小中学校が離れている場合、乗り入れ授業などの実施面でのハンディは否めない。 さらに、小学校の最高学年である六年生の活躍の場が減ることを懸念する意見も。幅広い学年への対応を迫られることで、教える側の負担は確実に増し、今でも「本当に学力向上につながるのか」などの声が聞こえてくるのが実情だ。 小中一貫の取り組みは、決してメリットだけをもたらすわけではない。今春までに課題を再点検するのはもちろん、スタート後もその実効性を具体的に検証していく姿勢が問われる。(府中支局・松本恭治)
府中市小中一貫教育検討会議で委員長を務める広島大大学院の池野範男教授(教育学)に、同市の推進状況や課題を聞いた。 ―府中市の取り組みをどう評価しますか。 教育委員会、学校、教員が密接に結び付くシステムの集大成が、小中一貫カリキュラム。学習指導要領の枠内で全市、全教科を対象に作製した点では全国でも珍しく、画期的だ。 ―教員の負担を懸念する声もあります。 日本全体で教育改革の流れが進むなか、教員の仕事は増え、プレッシャーも高まっている。その上に新たな手法を取り入れるわけだから、どう効率的かつ効果的に推進するかが鍵だ。常により良い方策を模索していかなければならない。 ―市民にはメリットが見えづらい面もあると思うのですが。 各学期、年度で子どもがどれだけ伸びたかを点検しなければ。具体的な数値なら学力調査の結果が手っ取り早いが、点数は単なる目安。感覚的かもしれないが、子ども自身が得る手応え、充実感こそ大切で、教員がそれを敏感にキャッチする必要がある。 ―行政の役割は。 現場任せでなく、教育体制をもう一度チェックし、今後どうサポートしていくのかを考えないといけない。地域、家庭に理解を深めてもらうための努力も欠かせない。 (2008.1.20)
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