【社説】 何とも痛ましい。奈良県の妊婦が分娩(ぶんべん)中に意識を失い、受け入れを断られ続けた末に亡くなった。 法体系が想定しない最先端の生殖医療が論議になる一方で、お産の受け皿が不十分な現実を突きつけられた。国全体で少子化対策に取り組む中、産科医療現場の環境改善は最優先の課題である。 町立病院に入院していた妊婦は頭痛を訴え、意識不明となった。担当医はけいれんと判断し、拠点病院に受け入れを打診。拠点病院は満床だったため搬送先を探し、約二十病院に断られた。約六時間後に大阪府の国立医療施設に着いて脳内出血とわかり、緊急手術と帝王切開を実施。男児は生まれたが、母親は八日後に死亡した。 町立病院で別の医師がコンピューター断層撮影(CT)を勧めたのに、担当医は聞き入れなかったという。脳の異常を疑っていれば、他施設の対応も違っていたかもしれない。病院は判断ミスを認めた。奈良県警は業務上過失致死の疑いもあるとみて調べを始めた。 晩婚の影響などでリスクの高いお産は増えている。緊急で高度な治療に対応するため、国は各都道府県に来年度までに総合周産期母子医療センターを指定するよう通知している。奈良は未整備の八県の一つで、緊急治療が要る妊婦の三割以上を県外に委ねている。 中国五県は今年初めまでに体制を整えた。広島県の場合、センターである県立広島病院に加え、新生児集中治療室を持つ九つの地域センターがある。妊産婦の死亡数は二〇〇〇年から五年間で一人、妊娠二十二週以降の死産と生後一週未満の周産期死亡率も全国平均を下回り、優等生である。 だが実情は産科医師の献身的で過酷な努力があってこそという。 産科は二十四時間態勢のうえ、トラブルが訴訟につながる可能性も高い。全国の医師の年齢を見ると、六十歳以上は全体で20%に対し、産科は26%と高齢化は深刻だ。二十歳代に限ると七割が女性で、子育てのため職を離れる人も多い。「地元で産めない」は過疎地だけの問題ではない。 クリニックが健診、拠点病院がお産を役割分担するシステムを県立広島病院が導入するなど医療施設側の工夫も始まっている。多様な働き方の実現、医師の偏在を促した臨床研修制度の見直し…。現場だけに負担を強いない多角的な取り組みが必要だ。若い医師が志望しやすい職場であってこそ、妊婦も安心して出産できる。 (2006.10.19)
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