【社説】 「いのち」を産むのに医療技術はどこまで関与していいのか―。長野県の医院で五十代の女性が娘夫婦の卵子と精子を使い、「孫」を代理出産していたと聞いて、生殖補助医療はそこまで進歩したのかと、驚く人も多いだろう。 親子関係のあり方などが大きく変容していく可能性も考えられる。医師の判断に任せるだけでなく、倫理的、法的な面からの議論も必要ではなかろうか。 出産した医院の根津八紘(やひろ)院長によると、娘は三十代で結婚後にがんで子宮を摘出。二〇〇四年に娘の実母の申し出で、娘夫婦の精子と卵子を人工授精させ、受精卵を実母の子宮に移植。実母が昨年春、無事出産した。子どもは戸籍上、実母の実子として届けた後、夫婦の子として養子縁組した。もちろん、国内で「孫」を代理出産した例は初めてだ。 日本産科婦人科学会は〇三年四月から、指針に当たる会告で代理出産を禁止している。それも根津院長が代理出産実施の二例を、〇一年と〇三年に公表したのが端緒だった。厚生労働省の専門部会も同年に「罰則付きで禁止すべき」という報告書をまとめているが、法制化は進んでいない。 根津院長は今回、実妹と夫の義姉が産んだ別の二例も新たに公表。代理出産で生まれた子の出生届をめぐり裁判中の、タレントの向井亜紀さんに触発されたことも明かした。「子どもを産みたい娘の気持ちを親の協力で解決でき、新生児取り合いなどのトラブルも少ない。子宮を失った女性が子を得る理想的な方法」と、一石を投じようとした意図がうかがえる。 子を産みたい女性たちの切実な願いが背景にあるとはいっても、本当に理想的と言い切れるだろうか。閉経後の子宮で育て産むため、女性ホルモンを投与。出産後に急激な更年期障害も引き起こしていた。女性に十分に危険性も説明し、誓約書を取って行ったとはいえ、未知数の部分はあった。 それに、自分の子を母親が産む行為の違和感は、誰しもあるだろう。生まれた子が、その事実を知ったらどう思うだろうか。女性を出産の「道具」扱いしていいのか、という倫理的な批判もある。 一方、海外で代理出産し、隠して出生届するなど、既成事実化も潜行している。単に禁止するだけでなく、やむを得ない例外だけ認めるなど、規範づくりへ向けた議論が肝要だ。生殖補助医療について包括的な法整備を急ぎたい。 (2006.10.17)
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