中国新聞


見て触り かいで味わう/自製の作物で料理最高
包丁人が伝える食育
広島の北岡さんセミナー


 「見て触り、かいで味わう。食事こそ、子どもの感受性が生き生きする体験学習」。広島市東区の日本料理店「喜多丘」のあるじ、北岡三千男さん(58)が今月初め、三越広島店(中区)で食育セミナーの講師を務めた。この道四十年の包丁人が実習に選んだ一品は、おむすびだった。(石丸賢)

 ■題材おむすび 親子参加

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春休みの親子とのおむすび作りを通し、手塩に掛けた食事のありがたさを伝える北岡さん=右(撮影・増田智彦)

 セミナーには、春休み中の小学生や園児と母親の親子十一組が参加した。「俵形のおむすびと三角むすびとじゃあ、味が違うんよ。手や指の力の入り具合が変わるから」。かっぽう着の北岡さんの言葉に、親の方が面白がった。「へーえ」「なるほど」

▽褒め言葉を連発

 論より証拠と、おかかや梅干し入りのご飯を配り、北岡さんが両手の運びを教えて回る。「そうそう」「OK。上手じゃ」。腰を曲げて子どもと向き合い、褒め言葉を連発。板場で見せる厳しい表情はない。「私は子どもがいないもんで、やりとりが不慣れ。つい、素の自分に戻るね」と頭をかく。

 「一口サイズというのは唇の幅。指で測って、その大きさに切ればいいから」「レタスとか葉物の野菜は、包丁で切るより手でちぎった方がたれが染み込むよ」…。経験から飛び出すプロの言葉の数々に、慌てて親がメモを取る。小学生の子二人を連れた主婦幸尚子さん(38)=安佐南区=は「サラダなら包丁を使わずに親子で楽しめるし、会話も弾みそう」。

 北岡さんは仕事場の「喜多丘」では子ども客を受け入れない。「店は真剣勝負の大人の世界だから」。予約客だけを相手に、仕入れと仕込みに手間をかける。京野菜のほか、タケノコは九州、ユリネは北海道と、選び抜いた食材に包丁を入れる。ご飯は客の一組ずつ、別々の釜で炊きたてを出す。

 店を接待の場に使う客もいる。エリートらしい若者が何の料理か知らないまま、相手に勧める姿にあきれる。「はしさばき一つからも食卓の雰囲気がどんな家庭で育ったかまで見えてくる」。古里広島の食文化の底上げに一肌脱ぎたい―との思いがうずき出したころ、食育セミナー講師の声がかかった。

 「娘の小学校で食育の話題がよく出てくるので、家庭では何をすればいいのか知りたくて来た」と言う主婦植野悦子さん(38)=広島県府中町=は「手塩にかけた家庭の味にはかなわない、という北岡さんの言葉が心に残った。ごちそうじゃなくて、要は手間なんですね」と話していた。

 瀬戸内海に浮かぶ豊島(呉市豊浜町)生まれの北岡さん。「魚ばっかり食べていた」。お使いで漁港に通い、台所に立つ母の背中を見て育った。高卒後、料理人の道に進み、修業を重ねた。

 食育基本法は二〇〇五年七月に施行となったばかり。「私たち料理人やお母さんたち家庭人が法律に味付けをしないと」と見定めている。セミナーは、こんな言葉で締めくくった。

▽現場に近づいて

 「食の現場にもっと近づいてみればいい。田んぼや畑で何がどんなふうに実り、それを店でどう売っているか。家畜はどうやって飼っているのか。親子で育てた作物を料理し、食卓を囲めば、それが最高の食育です」

(2006.4.13)


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