臨床家ら、当事者の内面へアプローチ それはストレスから逃げるための「嗜癖」。回復は可能だ 大人でありながら小学生ら小さい子どもに性的な興奮を感じるのが「小児性愛」。一昨年は奈良県で、昨年は広島市安芸区と栃木県で立て続けに起きた女児殺人事件でクローズアップされた。未然に事件を防ぐ手だてはないのか。当事者の内側から感情の暴発に歯止めをかける試みをみる。(編集委員・石田信夫) ■語る場づくり/「肯定」メッセージ
「宮崎勤(連続幼女殺人で最高裁が死刑判決)が逮捕された十七年前には焦った。私の延長線に彼がいるような気がした。自分も同じことをしそうだった」 首都圏に住む四十代の男性が話す。しかし奈良の事件の時は「私は違う」と動揺しなかった。 同じような事件で受け止め方が変化したのは、自助グループ「SCA」に入ったからである。 自分でもコントロールできないような強迫的な性衝動。それは現実のストレスから逃れるための依存症=嗜癖(しへき)であり、仲間によるミーティングなどで「性的しらふ状態」への回復は可能―というのがSCAの考えだ。 男性はアルコール依存の自助グループの体験から「嗜癖」への理解があり、会の存在を知って希望を持った。 「そうか依存症か、それなら何とかなると。それまでは『あなたは病気です。以上』と言われて終わり。どうすりゃいいと開き直っていた」
ミーティングでは、匿名で自分のことだけを話す。言いっ放し聞きっ放しで、外に漏らさないのが約束だ。批判も攻撃もされない安心感があり、男性は、強制わいせつなど子どもに対して犯した罪、今思っていることなどを語ってきた。 「仲間の顔を見て自分を隠さずに話し、それでも大丈夫、と感じられると孤立感や自分を責める気持ちが次第に消えていく。安心する。迷いそうになった時も引き戻してもらえる。私にとって心のメンテの場です」 ▽呼吸法も指導 研究者からのアプローチもある。広島国際大臨床心理学科の杉山雅彦教授の手法は、認知行動療法による「思考パターンの修正」だ。 当事者の多くは「こんな私は、異常でだめな人間」と自らを全否定している。そこに肯定のメッセージを送る。 「まず子どもが好きという気持ちを、性嗜好(しこう)の一つとしてそのまま受け入れる。その上で、手を出すのはだめとクギを刺す。つまり行動に移さない限り感情はOKだと」 さらに今の状態を肯定的に解釈してみせる。例えば「これまで自制できたじゃないですか。そのままでこれからも大丈夫ですよ」というように。 「言われれば確かに」と当事者が自分への否定的な考えを変えれば楽になる。心に余裕が生まれて、突発的な行動には出にくくなるという。 こうした面談を続けつつ、衝動が起きそうになった時に自分を落ち着かせる呼吸法や体の動かし方も伝えている。 ▽痛みへの共感 国の政策レベルでは、心に働き掛けての再犯予防がある。 奈良の事件では被疑者に強制わいせつの犯歴があった。ショックを受けた法務省の緊急調査で明らかになったのは、強制わいせつの再犯率8・3%という数字だ。 刑務所で実施する「性犯罪者処遇プログラム」づくりが進む。 (1)自分が危なくなるのはどんな時か知る(2)女は男に従うものなどというゆがんだ認知を正す(3)コミュニケーションの仕方や怒りのコントロール法を学ぶ―と段階を踏んだ上で「ロールプレーなどで相手の身になって、その痛みに共感する。それによって再犯を抑える」(成人矯正課)との道筋が描かれる。 日本の社会はこれまで小児性愛者に対して「変態」とラベルを張って切り離すか、処罰するだけで、その内面に迫る努力を怠っていた気がする。 「罪を犯すかもしれない自分におびえ、何とかしたいと助けを求めている人は多い」と杉山教授は言うが、それを聞いて驚く人が大多数だろう。 相談窓口を見つけることさえ極めて難しい中で当事者が「どうせ私は」と無力感や焦燥感を抱くようになったとすれば、社会の責任も大きい。 それだけに先のような試みは貴重だ。ただ惜しむらくはそうした情報があまりに出回っていない。かかわっている人たち、その周辺の人たちから、当事者に届きやすいメッセージが発信できないだろうか。 「自分たちの気持ちを分かってくれている人がいる。回復の道がある」と彼らが知るだけでも、犯罪のリスクは大きく減るはずだ。
(2006.1.22)
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