「ようこそ ろうの赤ちゃん」出版
聞こえない子どもと暮らす家族の手記集「ようこそ ろうの赤ちゃん」(全国ろう児をもつ親の会・編著)が今月出版された。「ろうでよかったね」。そんな言葉が随所にあふれる。ろう学校では教わらない母語「日本手話」との出会いが、誇りを取り戻す転機になったようだ。(石丸賢) ■広島の山中さんら手記 豊かな表現に感動 中国地方で一人だけの筆者、広島市西区の主婦山中美園さん(40)は、長女美侑(みゆう)ちゃん(4つ)を授かるまで、「ろう」の意味さえ知らなかった。 「残念ですが、お子さんは難聴」「でも頑張れば、しゃべれるようになる」。医師の言葉につられ、生後九カ月の娘に補聴器を付けた。口の形で日本語を教え込む「口話」(声をだす)に躍起になった。
何組もの手記に、口話訓練の場面が登場する。「これは何?」「ちがう」「発音は?」。際限ないカード学習の繰り返し、しかる親。子どもの顔色は曇り、ストレスで自傷行為に走った子どももいるという。そのしんどさは、同じ境遇で異国に放り出された自分を想像すれば、分かる。 ある母親は、こう書いている。「しゃべることが『正常』という考えからは、口話という訓練しかみちびきだされない」 山中さん夫妻も、頼みだった口話も人工内耳も「正確に通じるようになるとは限らない」と聞いて、考えを変えた。日本手話のフリースクール=現在は特定非営利活動法人(NPO法人)=「龍(たつ)の子学園」(東京・豊島区)をインターネットで見つけ、通いだした。母子で毎月約一週間、泊まりがけで行く。 日本手話では、顔の表情も文法の一つ。手のしぐさに、あごやまゆを上げ下げする型も加え、行間まで伝える。初めて聞いた「ママ、好き」。夕焼けに気付き、「見てると、気持ちいい」。わが子から、表情豊かな手話が出てきた感動は、ひとしおのようだ。 「ろうでよかったね。ろう学校の仲間が増えたもん」と、ろうの弟が自慢の姉がいれば、手話で寝言を言う息子に目を細める母親もいる。聴覚障害を卑下するような、陰りはない。 ろうの子どもが自然に覚え、しゃべれる母語は日本手話であり、日本語は読み書きの言葉として学べばいい―というのが「親の会」の考え方。手話と、その国の言語(文化)を学ぶ「バイリンガルろう教育」は現在、世界の潮流だという。 同書には、二十六家族の体験手記と、七家族の写真を収めている。 三省堂、千四百七十円。
(2005.3.19)
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