島根・木次町にみる「食育」の取り組み 子どもに食生活の大切さを教える「食育」に力を入れる自治体が中国地方で増えている。広島県教委は今年から朝食を欠かさぬよう家庭に呼び掛けるキャンペーンを始め、山口県教委は調理実習などのモデルとなる小学校8校を指定した。こうした動きに先駆け島根県木次町は10年前から、地元産の野菜にこだわる学校給食に取り組んでいる。地域ぐるみの食の教育を進める同町を訪ねた。 (野崎建一郎)
■野菜好きっ子増える ―栄養士ら食生活指導
「朝ごはんは、脳と体のウオーミングアップに必要です」。町立木次中学校で十二日にあった食に関する授業。町立学校給食センターの松浦佐代子栄養士が教壇に立ち、三年生約百人に朝食の重要性を強調した。食品に含まれる栄養素をイラストで示し、給食の献立に関心を持ってもらう工夫も凝らした。 町教委の所属機関である給食センターの栄養士や調理師は、町内の小、中学校や幼稚園に出向いて食の指導に当たっている。年度当初に食をテーマにした授業を受け持つほか、地元の農家の人たちや子どもと一緒に給食を食べたり、センターの調理用具を子どもに見せたりする。 お年寄りが旗振り役< 町教委はさらに、給食の食材を提供する農家の協力を得て、小学生の農業体験を実施。全校生徒が一堂に会して給食を食べるランチルームも、町内五小学校のうち四校に整備した。特産品の焼きサバずしづくりや、町内の牛乳生産会社の見学などにも積極的だ。 こうした取り組みを推進するきっかけは、一九九四年にさかのぼる。町内のお年寄り約六十人による「町学校給食野菜生産グループ」の設立だった。「低農薬の野菜を子どもに届けたい」との地元農業者の思いは、農業の振興を図りたい町、地域の特色を生かした教育を目指す町教委の思惑にも合致した。
生産グループは、化学肥料を使わない低農薬の有機野菜を栽培する。設立当初は、給食の野菜全体に占める割合は四割前後だったが、二〇〇〇年度には六割を超えた。ネギや白菜はほぼ100%である。給食では、地元産の牛乳や米にもこだわり「生産者の顔が見える」食材をそろえる。 感謝の気持ちも養う 「煮付けの高菜は井上さんのおばあさんがつくりました」。給食がスタートした十二日、町立寺領小では、給食当番の児童が全校生徒に報告した。給食センターは、児童や生徒の家族から野菜を仕入れると、その学校に連絡。各校は食前や食後に、子どもたちに知らせる。 町教委の永瀬豊美教育長は「安全で良い食べ物を提供するだけでなく、給食を通じて地域を知ってもらい、周囲の人々へ感謝する気持ちをはぐくみたい」と説明する。 地元野菜にこだわった給食は思わぬ効果も生んだ。「野菜好き」の子どもが増えたことだ。 給食センターが〇一年秋、配食先の小中学校と幼稚園の計約千二百人の子どもに好きな給食メニューをアンケートで尋ねた。カレーライス、ラーメンに続いて、モロヘイヤのカツオあえが三位に入った。給食センターの陶山文江所長は「予想外で驚いたが、本物が分かるのだと自信を深めた」と手応えを感じ取る。 「農薬をほとんど使っていないからだと思うけど、町で取れた野菜は本当においしい」。寺領小六年の藤原由美さん(11)も好きなメニューにモロヘイヤを挙げる。 有機野菜の栽培に端を発した食育の試み。人口一万人の中国山地に抱かれた町で、子どもたちの「日常」となっていた。 広島女子大加藤秀夫教授に聞く
中国地方で徐々に広がる食に関する教育。なぜ今、子どもの食習慣が見直されているのか。自治体が食育に力を入れている理由は何なのか―。食と健康について研究している広島県立広島女子大の加藤秀夫教授(生体リズム科学)に聞いた。 ―子どもの食習慣が見直されていますね。 食べたものをエネルギーとして蓄えておける時間は約五時間だ。三食きちんと食べないと脳のエネルギーが欠乏し、子どもの学力や体力の定着に支障をきたす。いらいらするなど心のバランスも崩れ、けがをしやすくなる。食は子どもの健全育成に直結している。 ―特に朝食の大切さが指摘される理由は。 朝起きた時は、長い睡眠を取ってエネルギーが足りないガス欠状態。脳にエネルギーを送って正常に働かせるために欠かせない。朝食と子どもの学力定着に相関関係があることは、国や広島県の調査でも証明されている。朝食を抜くと貧血を引き起こしやすくなるという問題もある。 ―日々の食生活で気を付けるべき点は。 朝の空腹状態をつくるために、夜遅く食事を取らないことだ。夜更かしを避けるなど、規則正しい生活を送ることが第一。また、多くのコンビニエンスストアの弁当やファストフードは、ミネラル分が少ないなど栄養バランスに課題もある。手づくり料理を楽しい雰囲気で食べてほしい。 ―その食育は今後どのように進めていくべきと考えますか。 食を知ることは、自らの生活を知ること。教員だけでなく、農産物をつくる地域の人々や、研究者、教育行政など多分野の人が携わるべきだ。地域ぐるみでかかわることで、子どもは食の安全や地域の文化を知るだけでなく、生きることのありがたさを知ることになるはずだ。 (2004.4.19)
|